短編ログ | ナノ
叶わないから夢でした

音もなくほどけた君の髪に、僕は目を奪われた。千切れた君の髪ゴムが、床に落ちる。背中に広がる柔らかなブルネットが、やけに眩しく見えた。ここは薄暗い談話室なのに。
「あーあ、気に入ってたのに」
君はそう言って、床から髪ゴムを拾い上げた。指先で摘んで、結び直そうとする君に、僕は敢えてレパロの呪文を黙ってた。どうやら君は、杖を持ってないようだ。いつも携帯しなよって言ってるのに、ほんと学習しないやつ。
「切れたなら捨てちゃえば」
僕の提案はほの暗い空気の中に溶けて消えてった。あっという間に出来上がった歪なかた結びを見て「貧乏くさいな」と、僕は文句を言う。それには僕の言葉を無視した君への個人的な恨みも含んでる。
「レギュラスが身につけるんじゃないからいいでしょ」
そう言い終えた君は、髪ゴムを口にくわえると、頭の後ろのてっぺんへと器用に髪の毛を集めて結わえた。いつもの君。ポニーテールから覗く、君の首筋には見慣れたものだったけど、今日はなぜだかひどく惹かれる心地がする。
「どうせまた取れちゃうよ。なんで捨てないの」
僕の言葉には、捨ててしまえばいいのにという気持ちがにじみ出てた。鈍い君でも気がつくくらい。くすくす笑った君を見て、僕は不機嫌になっていく。膝の上に広げた本も、今ではもう読む気がなくなってただ重いだけだ。
「新品だって持ってるけど、直せるものなら直して使いたいじゃん? というのはわたしの考え方なんだけど、坊ちゃんの感覚とは違うんだろうね」
君の考えは置いといて、僕が胸の中でもやもやしてることとずれた返しだと思った。僕はその髪ゴムが千切れたものだろうと、新品だろうと、捨ててしまえばいいのにと思ってるのに。だってそれ、あの人から貰ったんでしょ。だから君は、その髪ゴムを大切にしてるんじゃないの。
「その色、似合ってないよ」
隣りに座った君は「似合ってないのは、見慣れないからだよ。そのうち馴染む」と言って、僕の膝の上の本をスルリと手に取った。馴染んでなんか欲しくないよ。叶わないから夢でした。

20190822(840字)

:::「音もなくほどけた」で始まり、「叶わないから夢でした」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば6ツイート(840字程度)でお願いします。

::263::

×||×
ページ: