短編ログ | ナノ
この世で一番不毛な恋を知っている

さっきからずっと、この男はナメクジのようにうじうじと、じめじめ、じとじと、私の目の前の席に居座っていた。椅子の上に両足を乗せて、その膝の上に腕を組んで顔をスッポリと埋めている。慰めてほしい女子かよ。

そう思って声をかけてみた。本当は何があって、彼が今どのような状況に置かれているかも、私は把握していたけれど。こういう時は、普通だったら誰かに話した方が楽になるし、解決の糸口も見えてくるはずだ。

それなのに彼は、腕の隙間から、真っ赤にした目を覗かせて、思い出させないでくれ、とか、お前もどうせ人伝に聞いたはずだ、とか、僕の気持ちなんて誰も分らない、とか。正直、面倒くさい野郎に成り下がっていた。

「そんなに後悔しているなら、今すぐ謝ってきたら」
「それができれば僕は今こんなところにいない」

そんなことも分らないのか、と睨まれてもね、セブルス。

「あのね、わたしがあなたを気遣ってると思うなら、それは勘違い」
「な、なんだと…」

彼は、先日、幼馴染で初恋のリリーに対して、ついうっかり口を滑らせてしまった件の暴言について悔やんでいるところだった。そうこれは、端的に述べるなら『セブルス・スネイプの最悪の記憶』の後日談である。

「伝え合うことを止めたら、分かり合うことなんてできやしないよ」

今は今しかないのだから、思っていることがあれば言わずに後悔するより、言ってからその後のことを考えた方がいい。というのは、ただの受け売り文句ではない。あくまで私の実体験だ。

「前にも言ったよね。リリーは」
「今はその名を聞きたくない」

ぴしゃり、セブルスは心を閉ざすように言った。

「お願いだ」

そんな風に言われたら、私が意地悪をしているみたいではないか。傷心中の友人の傷口に塩を塗り付けるような真似は、私にはこれ以上できなかった。

「分かった。わたしはもう、これ以上なにも言わないよ。好きなだけ、読書をしている私の鼻の先でうじうじしていてくれ」

セブルスの返事はなかった。その代わり、彼はゆらりと立ち上がると、机を回って私の隣りの椅子を引いた。

「あーあ、暑いや」

手元の本を閉じてローブを脱ぐ。それを隣りの席のナメクジくんに頭から被せた。彼は文句も言わずに、さっきと同じように椅子の上で膝を立てると、そのままこちらにころりと倒れてきた。おい、地味に太股が痛いぞ。

それから数日して、彼は幼馴染に謝罪をしたらしい。しかし、私の二人の幼馴染がいっしょにいるところを、私はもう二度と見ることはなかった。

私はこの世で一番不毛な恋を知っている。しかしそれは、いつしか愛の形を象って彼女の最愛の子を守り抜くのだろう。そして彼という一人の物語が終わっても、その愛は永久に終わることなく、この世にまた新たな生命を宿し芽吹かせる礎となるのだ。

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20161230
20171013加筆

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