※これの続き
トド松が真っ赤になってキレ出したので、私はここにいても面倒なことにしかならないと見切りをつけて部屋を出た。彼曰く、兄さんたちなら二階にいるとのことなので、暇つぶしに六つ子部屋を目指した。
階段を上りながらスマホを取り出した。
アプリを開いて、新しいメッセージが届いてないか確認する。『今どこにいるの?』と連絡したのに既読すらつかないって…!どういうことよ、母さん。娘を家の外に閉め出しておいて、自分はお楽しみってこと?
「入るよー」
「はいよー」
部屋の中から、比較的高めな声。
許しが出たので襖をスパンと開け放った。
「えっなに!名前!? びっくりしたんだけど!!」
今日の夕飯は母さんが作ることに決定いたしました。
「あ、年中組か」
「なにそれ?というか、驚いた僕らに対して謝罪の言葉はないの!?」
「あぁ、ごめん」
正座して雑誌を読んでた方が、いつもは困ったように垂れてる眉を吊り上げて私に怒ってくる。部屋の窓側で猫と戯れてる方は、自分の腕の中に猫を庇いながら、のったりと私に視線を送る。
「…年中?」
「あぁ、私の中で、チョロ松と一松のこと年中組って呼んでるんだよね。こころのなかでは」
チョロ松は、じっと私を見て、それからひらめいたように人差し指を立てた。
「なるほどね。僕が三男で、一松が四男だからか!」
「そう。六つ子を数えると、二人は真ん中になるでしょ?だから二人セットで年中組ね」
「…ふーん」
チョロ松は理解が早くて助かる。一松は、不思議そうに自分の顔を見上げている猫ちゃんを構いながら生返事だ。
「一松、微塵も興味なさそうな返事をありがとう」
「いえいえ、どーいたしまして…」
相変わらず、視線は猫ちゃんに向けられていが、それはいつも通りなので私は別に気にしない。
「とりあえず、座ったら?」
「うん、ありがとう」
チョロ松がそう言ってくれたので、チョロ松の隣りに座ろうと思えば、また驚いた顔をされる。
「えっ、こっち座るの?」
「え、だって本棚近いし」
「あ、うん…そうだね、本棚近いもんね」
私の言葉に、チョロ松がちょっと残念そうに見えたのは、私の気のせいだろうね。チョロ松の後ろにある本棚には、六つ子たちの漫画や雑誌などがぎっしり詰まっている。
漫画の棚から、適当な少年漫画を三冊ほど選んで読む態勢を整えたところに、机の下から猫ちゃんがこんにちはした。ニャーと鳴くオレンジの毛並みの、青い眼鏡をかけている猫ちゃんだ。
「おや、どうしたの別嬪さん?」
太めの垂れ眉で、なんとも愛嬌のある表情の猫ちゃんだ。この眠たそうな目も、どことなく一松に似ているような気もする。チョロ松が、めずらしそうに、私の腿の上によじ登ってきているその猫を見ている。ちらりと、左斜め前にいる一松を見れば、じっとこちらを凝視していた。
「…名前、そいつオスだから」
「あれ?そうだっけ?……すまなかったね、イケネコくん…うわっ、んんっ!?」
驚きすぎて変な声が出た。
私が奇声を発したので、もの凄い勢いで彼らが私たちを見つめてくる。イケネコくんが、私の胸に手を付いて顎をぺろぺろしてきた。なんだ、なんだ…これは一体何の儀式なんだ?
(ちょっと一松!おいコラ一松!名前ちゃん困ってるだろ!お前けしかけたの?)
(してない!なんで俺が名前に猫をけしかけるんだよ!!意味分かんないって!)
二人が声を押し殺してなにやらを話しているうちに、イケネコくんの気が済んだみたいだ。私を舐めるのをやめて、満足げなまなざしで、彼は私と目を合わせると、足から下りて、おびただしい量の汗をかいている一松の方に戻った。
「思ったより、ザラッとしてるんだねぇ…猫の舌って」
ぺたぺたする首元を手で拭っていると、チョロ松からティッシュを差し出された。ありがたく頂戴して首や顎を拭いている時、隣りから妙な視線を感じたが面倒だったのでサラッと流した。
「…大丈夫?」
「あ、うん。平気。ちょっとびっくりして変な声出ちゃったけど」
「あー…うん、ソウダネ」
チョロ松は、いつもの困り眉をもっと下げて、ゴミ箱を引き寄せながら私に聞いた。うっすらと頬が染まっているのは、彼が六つ子の中でも屈指の童貞力を有しているからだろう。どこぞの長男のように、それにあえて突っ込んだりしないしないのは私が面倒なことが嫌いだからだ。チョロ松が雑誌を読むのを再開したので、私も漫画を読むことにしよう。
しばらく、私やチョロ松がページを捲る音が部屋に響いた。
一松はねこじゃらしで猫と遊んでいたようだったが、その友達が気分じゃなくなったみたいだ。一松から少し離れた場所に体を丸めている。私は漫画を読むスピードには定評があり、三冊目も佳境に入った。
チョロ松も、先程よりもリラックスして別の雑誌を読んでいる。正座して読んでたのは、たぶん彼が応援してるにゃーちゃんの特集でも載っていた雑誌なんだろうなぁ。
うわ、こんな展開で終わるとか、次が気になるでしょ。昔の仲間に薬持っちゃうとか、けっこうえげつないことするなぁ、このキャラ…。
眠る態勢を整えた友達の邪魔はできない一松が、窓を少し開けてから、のそのそとこっちにきた。どうやらねこじゃらしは、パーカーのポケットの中に入れたらしい。
「立ったついでに、次の巻取ってよ…」
どしっと私の背中に温かい重みが加わる。
凭れ掛かってきてらっしゃる…!
「やだね…自分で取れば?」
私に続きの巻を取ってくれる気はないと?
よかろう、ならば戦争だ…とも思ったけど、面倒だから彼の好きにされてよう。もちろん、漫画の続きはすごく気になるけどね…!だけど、この状態で立ち上がって漫画を取りに行くほど鬼じゃないのでね、私は。
私に寄ってきたのは、今度は大きな紫色の猫だった。
「あっちで一緒に寝てきたらいいのに」
あっちというのは、彼のお友達のところである。読み終えた漫画を重ねてテーブルの上に番号順に並べて置いておく。
「…なんで来たの」
「私の提案は無視か。…まぁ、いいけど」
「僕はちゃんと聞いてるからね」
「ありがと、チョロ松」
「で?」
「閉め出しくらったの、母さんに」
「…あっそ」
「一松くぅん? 質問してきたのそっちだからね。流石ドライモンスターの兄。もう少し興味を持とうか、私に」
私がそう言えば、背中に凭れてきていた彼がもぞもぞと動いて、とても小さい声で言った。
「ばーか」
なぜ彼にそう言われなければならないのか!と腹が立ったけれど、私はその声を聞かなかったことにしてあげた。なんたって私はむだな争いごとはこのまない、平穏主義者だからね。
::::
20160320
20171012加筆修正
::243::
×|◎|×
ページ: