※これの二人
※学生松
一限の現国?
日誌を持って教室に来た苗字に微笑みかけられて、終始ソワソワしっ放しで潰れましたが、何か。もちろん、漢字テストは完璧に仕上げましたよ。なんたって、こんなクズな僕だけど、勉強だけはできるからね。
二限の数学?
苗字が当てられて、黒板に数式を書いてる後ろ姿をじっと見つめてましたけど、何か。朝、隣りを歩いてたときは気付かなかったけど、結構スタイルがいいんだなって思いましたよ。それに、スカートからすらりと伸びる白い足にばっかり目が行ってましたよ。しょうがないでしょ、僕、健全なる男子高校生ですよ。変態?そんなの自覚済みだよ。ゴミだから。
体育も古典も終わって、やっと昼休憩の時間になった。今日は長かった。ほんとにつらかった。いつものように鞄から弁当箱を取り出して、机の上に広げる。茶色っぽい中身のお弁当。唯一の緑はブロッコリー。正直、僕はこのモサモサとした食感が好きではない。まぁ、弁当に入ってるから食べるけどね。
いつもは十四松と弁当を食べる。たまにおそ松兄さんとかトド松が乱入してくることもあるけど。ひとりで食べたって、弁当の味はたいして変わらないけど、でも、なんだか上手く飲み込めないような違和感はある。そういえば、母さんが、付き合いで家を出なきゃなんないらしくて、十四松の昼飯はおにぎりだって言ってたな。あいつも今、家でひとりで食べてるのかな。母さんのおにぎり。
「あれー?今日は名前、おにぎりだけなの?」
「あー…まあね。朝ちょっと時間なくてさ」
いつもなら聞き流してるその声も、今日は敏感に耳が拾い上げてしまう。へぇ。苗字の今日の昼飯はおにぎりか。十四松と一緒だな。具はなんなんだろう。ってか、時間がなくてってことは、いっつも自分で弁当作ってんのか。料理とかするんだ。すげぇ。僕は目玉焼きぐらいしか満足にできないんだけど。即席麺、あれは料理じゃない。
「かわいそうだから、このから揚げあげるよ」
「えー、そんな悪いよ。育ち盛りなんだから遠慮しないで食べな。おばさんが娘のためを思って作ってくれたんだから」
その彼女の言葉に、僕は食べかけの自分の弁当を見た。白飯に、卵焼き。煮物の残り物と、玉ねぎと肉の炒め物。マヨネーズの付いたブロッコリー(そういえば前に弁当に入ってた時、十四松が間違えてブッコロリーって言ってたな…)このコロッケはスーパーのお惣菜コーナーのやつ。うちのは、ほとんど母さんの手作りだった。そういえば、冷凍食品の方が高く付くからと前に言っていた気がする。
「って言っても、これ冷凍食品ですけどねー」
「冷凍食品って言っても、箱に配置とか考えながら詰めてるのはおばさんだからな。感謝しないとだめだよ」
「はーい…。なんか、名前が言うと無駄に説得力あるよねー」
「無駄にって言うな、無駄にって!」
それからも、彼女と彼女の友達は、楽しそうに話しながら弁当をゆっくりと食べていた。僕は、話す相手もいないし、パッパと食べ終えて弁当を鞄にしまった。彼女の『感謝しないとだめ』という言葉がやけに耳に残っていたが、人間の三大欲求のひとつが満たされ、少しだけ気分が紛れたので僕はゆっくりと机に伏せた。
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しばらくすると、うとうととしてくる。眠ってしまおうかと思ったけど、聞き慣れた調子の良いムカつく声に起こされて、思わず相手を鋭く睨んでしまった。僕がしたくて睨んだわけじゃない。こいつが悪い。
「なんだよ、」
「なんだよって、そんな睨むことねぇじゃん!こっわー!一松こっわー!お兄ちゃん泣いちゃうよー!いいの?長男だよ!お兄ちゃんが泣いてもいいの!」
唾を飛ばす勢いで僕を指差しながら叫ぶ長男。かまってちゃんの申し子。もう、ほんと何しにきたんだろ、この人。うるさいし、眠いし。あくびを咬み殺しながら「どうでもいい。…泣きたいなら泣けば」って僕がぼやけば、腕組みをして拗ねはじめる。しかも、おそ松兄さんが大きな声を出すから、他の人がこっち見てるし。もう、最悪。
「けー!お前がひとりで寂しがってないか、せっかく、兄ちゃんが心配して顔見にきてやったのに!」
「僕は頼んでないし…要件ないなら、教室戻れば」
自分のクラス帰れ長男。さっさと帰れ。とっとと帰れ。
「要件ならあるもんねー!」
「うわ…」
「うわってなんだよ!…あのさぁ、俺のクラス、次数学なんだけど」
「却下」
にやついた顔。これからこいつが何を僕に言ってくるかなんてすぐに分かった。だって知ってるんだよね、僕。昨日、宿題やらずに漫画読んでたこと。トド松に数学の宿題をしなくていいのかと尋ねられて、こいつが「あーアレね!大丈夫!明日一松に見せてもらうから!」って言ってたのバッチリ聞いてたから。
「ぬええっ!即答!?ねぇ、俺、まだなんにも頼んでないし!」
「俺のノート貸してって言うオチでしょ。それくらい読める。…だから、却下」
「そんなこと言わずに、貸してよ!一松ぅ」
うわ、抱き着いてくんな長男!男に抱き着かれたって、しかも兄弟に抱き着かれたって、こちとらちぃとも嬉しくねぇんだよ!
「今日、俺当たる日なんだだよ!しかも問5の4!」
「あぁ、あれ?」
「そうそう、あれあれ!」
「あの一番面倒くさかったやつ?…ハッ、ご愁傷様。おそ松兄さん」
ふと思った。そういえば、苗字も当たってたな。問5の4。それに、スカートからすらりと伸びる白い足…ってなんでここでそれを思い出した。ちょっと声かけられた程度で意識してさ、ほんと馬鹿みたい。うぬぼれないでよ松野一松。お前は僕でしょ。
「どうしてもダメ?」
「ダメったらダメ」
「お兄ちゃんからの一生のお願いだよっ一松ぅ?」
「あんたの一生の願いはいくつあるんだよ。そんなに借りたきゃ、別の松に借りてよ。僕は貸さないから」
僕が頑なに貸さないと意思表示をしたお陰で、構ってちゃんの申し子は諦めたらしくすごすご教室を出て行こうとした。しかし、くるりと振り返った長男の手には「なぁんてね!実はもう一松のカバンから数学のノート抜き取っちゃったもんね!」ああクソ!僕のノートが!
「授業が終わったら返すから、それまで待ってるんだな一松ぅ!」
「待てクソ長男!」
ムカつく顔で笑った長男は、そのまま駆け足で教室を出て行った。良くも悪くも、一目を引き付ける長男のせいで僕まで無駄に注目を浴びてしまった。次は絶対ノート貸さない。許さない。
「ドンマイ、松野」
「えっ……」
ふて寝をしてやろうと思って組んだ腕に頭を乗せた僕の肩をポンッとたたいた人がいた。顔を上げると「次は鞄じゃなくて引き出しに入れておくことだね」と笑う苗字名前だった。ああもう、この人は僕の気も知らないで!
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20160108
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