もしも身体の中に魂があったのなら、もしも溜息で魂が出て行ってしまうのなら。今私は死んでしまうのではないか。「はぁ〜〜」とわざとらしく大きな溜息を吐く。
私にこの大きな溜息を吐かせる原因をつくったそれはあたかも「自分は関係ありませんよ」な顔でもくもくとショートケーキを食べている。苺がのった、おいしそうなショートケーキ。
なぜ私が任務帰りで疲れているのにも関わらず急いで帰って来たのかと言うとこれが…このショートケーキが食べたいが為であった。なのに、なのに…!
「んうわっ…うまっ!ししっ、これ超〜〜〜おいしい!」
キラリ、と光るティアラを頭に乗せ、白い歯を見せて笑っているその彼。ベルフェゴールによって食べられてしまっていた。
私がジト目で睨んでやると、その視線に気付いたのかベルが「お、名前今日お前早いじゃん!」と言ったので無償に殴りたくなった。
だけど私は、殴ったりなんかはしない。ベルを殴ればあとで何されるが分からないし、何と言っても仕返しがこわい。
「はぁ…」
「なに溜息なんか吐いてんの?…名前きもっ」
ピクッ…こら、このクソ堕王子〜〜〜〜〜ィィイイイイ!!!
たとえ、どんなに楽しみにしていたケーキを食べられようが、この間も残しておいたクッキーを食べられようが、ここは私が大人にならなきゃ!って思ってあんまり気にしないでいた私の努力を踏みにじろうとしないでほしい。
…いっくら温厚な名前ちゃんでも怒っちゃうよ?
王子だからって、なるべくやさしい目で見て来た私だけど、怒るときは怒るんだよ。
「あのねぇ、うら若き乙女に対して、きもいって言う発言はどうかと思うなぁベル王子」
「はんっ、お前のどぉこが乙女なんだよっ!ししっ」
ぷちん…何かが切れる音が頭の中で響いた。
「ちょっ!べr「冗談!名前はキモくねぇから、ししっ…本気にした?」
たまに見せる、この無邪気な笑顔がずるい。ずるいよ、ベル。沸点に達していたと言うのに、ベルのその表情でその怒りも風船のようにしゅーっとしぼむ。これじゃあ、怒りたいのに怒れないじゃんか!
「まぁオレ、名前が乙女だとは思ってねぇけど」
「っ!何なんだ、この感情っ!…私の心の中に大きな喜びと鋭い殺気の嵐がぁあぁぁあああ!!!」
「うるさいなぁー」と耳をふさぐ真似をするベル。私には再びいらいらが募る。
「ケーキならそこらへんの店にたくさんあるじゃん?」
「あれはねぇ期間限定ものだったの!それをやっと昨日…やっと昨日買ったのに!」
「じゃあまた買えばいいんじゃない?」
ベルはどうでも良さそうに返事をして、次のケーキへ手を伸ばしてパクリ。こ、こいつ…それは私が次に食べようとしていたチョコレートケーキじゃないかっ!!
「もう売り切れだよ!ばか王子っ!」
「なっ!オレのことばか王子って言ったなぁ?大体さぁー、あのケーキ不味かった、美味しくなかった!」
ぶっちーーん!先ほどとは比べ物にならないくらいに、頭の中で何かが大きな音を立てて爆ぜた。
「美味しくないなら、食べなければいい話でしょ!ベルのばかああぁーー!!」
私の怒鳴り声が二人きりの部屋の中に響いた。しーん…途端にベルは黙る。ちょっと心配になって、声を掛けてみる。
「ね、ちょっと…べ、ベル?」
「……」
「ベルさーーん??」
控えめだけど、少し大きな声で呼んでみても、ベルからの反応はなし。え…え、えええーーっ!もしかして、ベル怒ってる…?怒ってるの?
「ねぇ、ベルー、」
「……」
「ベルってばぁー」
「(つーん)……」
だ ん ま り か !もう!!怒りたいのはこっちだってば!
「……」
「……」
「…べ、ベル?」
………って言うか、いつまで私のこと無視してくれちゃってんの、沈黙長くないですか?ねぇ、ちょっとベル!少しくらい反応してくれてもいいじゃんか!おーいおーい、ベル王子ぃーーー!おーい!
「…」
「…」
…あぁ、もうこのわがまま王子やだぁーー。泣いて良いですか?
「名前。」
やっとベルが口を開いたかと思ったら、ベルが私に向かって手招きしていた。なんだ、怒ってなかったのか?
「…ほら、早く来いよ!」
「さっき私のこと無視したのに、ベル…あなたは何様のつもりなの!」
私のことは無視しておいて、なんだよこのクソ堕王子。自分勝手過ぎるよ。誰だ、こんな風に育てたのは!
「へ?…そんなの決まってんじゃん!だってオレ、王子様だもん。王子待たせるとか意味分かんねーし。」
「はーい、そうでしたそうでしたー。あなたは王子でしたねーはいはいー。」
「カッチーン、ちょっと名前、それムカつくし。」
私がベルの座っているソファーへ近付くと、ちょっと乱暴に右腕を引っ張られた。そして目前にベルの顔が迫る。
(え…これって、もしかして……)
ぐいっと引っ張られた勢いのまま、私の唇には柔らかい感触が。私は頭が真っ白になった。触れるだけだったソレは、ゆっくりゆっくりと深いモノに変わって行ってきつく吸われた。
「息が出来ない!」と私は苦しくて、でも頭では何も考えられなくて、だけど離れたくなくて。お互いの触れ合っている部分が熱を上げた。
もしも身体の中に魂があったのなら、もしも接吻で魂が出て行ってしまうのなら。
今私は死んでしまうのではないか。
「そんな泣きそうなくらいあのケーキが食べたかったんなら、オレがやる」だなんて。私…泣きそうに見えてたんだって驚いたけど。ベルがキスしてきたことにもっと驚いて、ケーキの味どころじゃなかったよ。
ああ、私の苺のショートケーキちゃん!
end
(口内はほんのりチョコレートの味がした。)
20100419
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