短編ログ | ナノ
いくらでなら売っていただけますか

「これ、あなたの身代金です」
「は……?」
「何をポカンとした顔をしてるんですか、これからのあなたの人生をいただくんですよ? こんなお金、あなたのいのちに比べたら、端金ですよ。さ、どうぞ好きなものを注文してください。ごちゃごちゃ考えるのは後にしましょ」
(まぁ、お腹がいっぱいになったら、考えられなくなると思いますけど)



『親のお金はあるけど、親からの愛はない』

そんな家庭で育った私の性格は、もちろん歪みに歪んでしまった。父親は仕事人間。会社の業績を上げるのに必死。しかも、素は真面目で仕事のことが本当に好きで、心も体も仕事い捧げてるような人。家庭は省みない。そんなこんなで、今は世間も認める大企業のトップだった。家族を犠牲にすることで、社会での成功を収めた良い例だろう。
母親は女優で、自分が華やかな世界に立ち続けることに必死。自分を磨くことが好きで、良き妻・良き母親を演じている自分に酔ってるだけで中身は伴わない。母親は本当にどうしようもない人だ。現在も映画やドラマなどで活躍している。両親ともに、多忙な人で参観日にはどちらとも一度も来てくれたことがない。小さい頃はそれが寂しくて、悲しくて仕方がなかった。けれど、居間はなんとも思わない。両親のことは諦めた、から。

裕福な家庭で、欲しい物はなんでも手に入ったし、要らない物もなんでも与えられた。きょうだいには兄がひとりいるが、年が離れていたこともあり、わがままが通用したので、他人とは不器用な関わり方しかできない。
兄はたったひとりの妹として、主人公を大切にしてくれたし、愛情をくれた。私にとっては、兄が本当の家族のような存在であり、寂しい幼少期は、兄がいつも傍で支えてくれ、兄の前だけは甘えたな素の自分をさらけ出すことができた。

私は他者と、心と心が通じ合うような人間関係は未だかつて築けたことがない。なぜなら、私に寄って集るのは、その恩恵に肖りたいと企む者たちばかりだったから。
家柄や両親の名に引き寄せられる下種な大人たちばかりを見てきて、ごまをすり媚を売る汚い人間が大嫌い。だから人付き合いもろくにできなかった。義務教育年間も、上辺だけのオトモダチをはべらせて、心ばかり孤独な児童期を過ごした。
しかし、大人たちの社交界で育ってきたため、ある程度の処世術は身についた。どんな顔でどんな風に言えば、相手は自分の思い通りに動くということを把握していたし、大抵の人間はお金でどうにかなるという考え方が根付いてしまった。そのため、私は割りと、お金で人を自分に縛り付けておけると本気で思っている。金の切れ目が縁の切れ目、これ、私の信条ね。



高校は兄と同じお金持ちの子どもが通う学校へ入学させられ、望まなくとも良い遺伝子を受け継いでしまった為に、成績はいつもトップ。周囲にちやほやされるも、性格に難があるため、広く浅い付き合いしかできなかった。

兄の渡英をきっかけに、高二の秋から、父親に頼んで一人暮らしをさせてもらうことになった。一人暮らしと言えど、父親の会社の系列のホテルのスウィートルームで生活しているだけ。黙っていてもベッドは綺麗になるし、おいしい食事も三食ついてくる…。
このままでは、自分がだめになると思い、大学進学を期に父が購入したマンションの一室に居所を移すことになった。幼い頃から付いていた、自分の行動を制約する世話役の監視の目もないので、そこではじめてのびのびと生きることができた。
ただ自分の傍に、兄がいないことだけが暗い陰を落としていたが、それ以外は順調だった。掃除や洗濯、料理などの技術を身につけて年末、本家へ帰ってきた時は、世話役に涙を流されたほどの成長っぷりである。戻ってきていた兄も、妹の成長を心から喜んでくれた。

そんな大学生のモラトリアムに、私はある出会いをする。それは、ハタ坊の誕生日会に参加している六つ子たちとの出会いだった。その出会いが私の人生を薔薇色にしてくれたのだ。

「あー、もしあたしのことを気にされているのなら、あたしのことは足の生えたATMだと思ってくださって結構です。そっちの方が、あなたも感情移入し辛いし、後腐れなく別れられるでしょう?」

けれども私は、あなたを手放す気なんて更々ないのだ。彼は、松野一松。私は、彼が欲しい。彼のためなら何だって用意する。ああ、いくらでなら彼自身を売ってもらえるのだろう。早く私のものにしたい。

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20151229
20170929加筆修正

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