その日見た花嫁は、この世のどの彼女たちよりも――うつくしかった。
まるで燃えるような色の長くたっぷりとした彼女の髪は、今は、白いベールの向こうで艶やかにうねっている。新芽のように瑞々しく輝く宝石が閉じ込められた彼女の瞳は、今は、隣りで笑うハシバミ色のそれに向けられている。赤と緑と、そして純白のそれを身にまとう彼女を、どうして美しく思わないでいられようか。
ああ、本当に。
なんてうつくしいのだろう。
ヴァージンロードを父親と腕を組みながら歩く姿。
花嫁の穢れのない純潔さを象徴するこの道の端に、わたしはいるだろうか?…できるならば、彼女のこれまで歩んできた道に、わたしの存在が、ほんの少しだったとしても意味を成していたらいい。
祭壇の近くでは、新郎が新婦を待っていた。
落ち着きのない黒い髪をくしゃくしゃと撫で付けていたあの頃が懐かしい。彼と、今わたしの隣りでそわそわと事の流れを見物しているこの長身の男と結託して行った数々の悪戯で、いろいろと悩まされたあの学び舎での日々。わたしはいとおしく思う。
教会の入り口から教壇までを繋ぐ道を挟んだ、わたしの正面に立っている鳶色の髪をした男と目があった。ふと、教会に入る前にその男が言っていたことを思い出した。今日の為に仕立てたというローブを着て立っている彼。なるほど、確かに。今日のこの場の為に仕立てただけはある。濃紺のローブは彼に似合っていた。
「…ジェームズと、あのエヴァンスが結婚する日が来るとはな。」隣りの男がそう呟いたのを聞いた。わたしはその言葉に思わず頷いた。こんな日が来ると言うことを、誰が知っていたというのだろうか。
まさか、こんな日が――彼女が彼と結ばれる日が来るだなんて…。神以外は、知り得なかったことだろう。
「ねぇ、知ってる?」
儀式は進み、賛美歌を歌う天使たちがその仕事を終え幸福に満ち満ちた目で彼らを映す頃。わたしは小さな声で隣りに立つ長身の男に声をかける。わたしの小さく、それでいて熱っぽい声に耳を寄せた彼は「なんだ?」と言う。
「ウェディングドレスのベールってね、花嫁を邪悪なものから守る為にあるのよ。」
そして、花婿が花嫁のベールをたくし上げてキスをするのは、ふたりの間にある壁が取り払われた証しなのよ。意外そうな顔をわたしに向けるシリウスが、少しだけ笑った。
誓いの言葉を復唱し、ふたりの唇が重なると、集まった人々からの歓声と温かな拍手が送られた。ほんのりと頬に色を乗せた花嫁さんと、半ば意識を飛ばしそうな花婿さん。…あんなに頼りなさげな眼鏡の彼を見るのは、今にも後にも、この時だけだと思った。
花弁の雨の中、幸せいっぱいに微笑むリリーとジェームズ。
それはまるで――このほの暗い世界を包む漆黒の闇の中に差し込んだ、光り輝くひとすじの…ひとすじの強い光のようだ。わたしには彼らがそのように見えたのだ。ひらりひらりと舞い上がっては、風に流される桃色の花弁は、私と…そして、沢山の人々からの願いであった。祈りであった。
ああ、どうか。
ああ、どうか。
神よ、彼らを祝福して下さい。
愛と結婚 そして
彼らの紡ぐ日々を祈るのだ
彼らの紡ぐ日々を祈るのだ
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20130705
title by annetta(http://annetta.hanagasumi.net/)
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