「ねぇ、どうしてわたしたち同じ寮じゃないのかしら?」
貴女と同じ寮だったら、わたしたちいつも一緒に居られるのに、と視線を交さずに、あなたのきれいなくちびるから零された言葉が、空気を伝って私の耳に届いた。きらきらと光を反射しては、ゆれる湖面を眺めながら、私たちはひとの目を避けるようにひっそりと会っていた。そう、私たちは、逢っていた。
「それは、あなたがブラックだから。」
私の口から滑るように出て行った言葉に、あなたは数回瞬きをした。宝石のようなあなたの瞳を縁取る、長い睫毛がそれに合わせて動くようすは、美しかった。とても、とても。
「わたしが、ブラック家に生まれたから?」
「そう。あなたがブラック家に生まれたから、あなたはスリザリンへと組分けされた。」
あなたに言うべきか、それとも言わざるべきか。判断の難しいぎりぎりのラインで、私は言葉を紡ぐ。さわさわと頬を撫でる風が、巨木の葉も揺らしている。そして、この巨木の足元で座っている私たちの顔に木漏れ日が踊った。
「ちがうわ。あなたがナマエだからよ、」
「私が、私だから?」
あなたは双眸の宝石で私を見つめた。その視線は右頬に熱を送り、私は先ほどから遅々として頁の進まない本を閉じてから、あなたに向き直った。木漏れ日が反射して、あなたの宝石はよりいっそう輝く。頭上の枝に止まり羽を休めていた小鳥たちが、歌うように鳴いている。
「ナマエには、あんな薄暗いところ 似合わないもの。」
「自分の寮を卑下するようなこと、言わない方がいいよ。」
清らかな瞳を覗き込むようにして私がそう窘めれば、声をもらして、くすくすと笑うあなた。くちもとに出来るえくぼが、私はたまらなくいとしい。こころの中にむくむくと湧いてきたこの感情を、言葉に乗せてあなたへと送れたならば、あなたは私にどんな言葉を聞かせてくれるだろうか。
「そうね。でも、本当のことだわ。」
きらきらと光を反射しては、ゆれる湖面を眺めながら、私たちは今日も秘密の逢瀬を繰り返す。ぴたりと笑うのをやめたあなたは、私の方へとしなだれかかる。私の右手はあなたの白くてきれいな両手に包まれた。少しだけひんやりとしたあなたの手は、私の温度でしばらくすると温くなっていく。
「すきよ、ナマエ。」
私もすきだよ。あなたが一番すきだよ。あなたの言葉に、私がだらしなく口元がゆるんでしまうことも、きっとあなたは知っているんだろう。やさしい風が吹いて、あなたの髪が顔にあたってくすぐったい。あぁ、このまま時間なんて止まってしまえばよいのに。
「ナルシッサ。」
「なぁに?」
肩に置かれていたあなたの頭が持ち上げられた。離れていくぬくもりに、少しだけさびしい気持ちになる。けれど、私の右手とあなたの両手はつながれたまま。ぎゅっと握れば、あなたは握りかえしてくれるんだろう。えぇ、きっとそうでしょう。
「どうして私たちが同じ寮じゃないか、本当のことを教えてあげる。」
あなたは、口角の上がりきった私を見ている。ほんのりと色づいた頬が、とても扇情的なあなたは、疑うことなく私の接吻を受け入れた。数秒か経ってから、どちらからとなく離れていく。熱の籠った宝石は、うるうるとその輝きを増した。その中に、私がいる。
「ナマエ、」
「しー、よく聞いて? 私はあなたと同じ寮じゃなくて良かったって思ってる。」
どうして私たちが同じ寮じゃないか。それは、私たちに気付いてほしかったから。誰にも見つかってはならない逢瀬と、この比すべきものもないあなたの思恋と果てのない私の恋慕の情を、そして、今こうしてあなたとお互いの時間を共有できることの幸せを。
「ねぇ、ナマエ、」
「なに、ナルシッサ。」
あれから、幾度となく唇を重ね合った。あなたのきれいな瞳からは、あたたかい雫が流れ出ている。私はそのきれいな肌に指を這わせ、額、瞼、目尻、そして、雫が伝う頬に唇を落とした。時折くすぐったそうに身をよじるあなたは、それでもまだ、透明な雫を滴り落とす。
「この花が枯れるまで、貴女はわたしをすきでいてくれる?」
何をそんなに涙することがあるのか。私のすべてはあなたのところにあると言うのに。そうは言っても、あなたはきっと不安なのでしょう。私はなんとかしてあなたのその不安を払拭してあげたくて、か細い身体を抱きしめた。頭上の枝に止まっていた小鳥たちは、いつの間にやら広い空へと姿を消していた。
「たとえ、ここの花園の花という花が枯れたとしても、」
わたしは、あなたを愛するよ。
禁じられた花園 にて
あなたとの秘密の逢瀬を
あなたとの秘密の逢瀬を
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20130530
title by annetta(http://annetta.hanagasumi.net/)
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