その日もレギュラス氏は、同じ寮の先輩であるナマエ・ミョウジのもとへ行っていた。事あるごとに、レギュラス氏が彼女のもとへ行くのが彼の中で当たり前のようになってきている。彼は決まって、背中から彼女にぎゅーっとくっ付いておよそ30秒間離れない。
レギュラス氏はその間、彼女の背中に顔を押し付けてにおいとか温度とか。そういう類いのものを感じて取って彼女と言う存在を確かめているのだと思う。先輩は、首を回してその姿を確認すると、ほんのりと口元がゆるんで、目尻がぼやける。
レギュラス氏が背中からくっついて離れない30秒の間、ミョウジ先輩は、最初の頃は驚きと多少の戸惑いや恥ずかしさを隠し切れていなかったけれど、人間の順応性と言うものか。先輩は、例えば今だったら、授業からの帰りで小脇に挟んでいた教科書を鞄へ片付けて、レギュラス氏の受け入れ態勢を整えているところだ。顔色が変わった様子は見られない。
先輩の背中から顔を上げたレギュラス氏は、そのままくるりと彼女の前へ移動して、それからまた正面からくっ付いた。先輩の方が背が高くて、レギュラス氏も学年の男子の中では小柄な方であるから良いものの、これから先、今の身長差の均衡が崩れた暁には、彼と先輩はどうするのだろうか。
兄が兄なので、弟のレギュラス氏がむっつりかつ破廉恥な大人へと成長してしまわないかが心配である。けれどまぁ、その点レギュラス氏はしっかりしているので、相当のことがない限りは大丈夫だろう。不安は消え去る。
自身のお腹あたりに頭を擦り寄せてしがみついてくる彼を、ミョウジ先輩は慈愛の籠った目で見詰めている。そっと小さい背中に片手を回して、もう一方でレギュラス氏の黒くてやわらかそうな髪の毛に触れる。それから数回、ぽんぽんと一定のテンポを刻みながら、彼女の手が彼をなぐさめているみたいだ。
そんな風に見える。
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「先輩の手ってすごいですよね。」
「え、どうして?」
「こうして撫でてもらうと、不思議と痛みが和らぐんです。」
「気のせいだよ。」
「そうですね。気のせいかもしれないです。」
何やら言葉を交すふたりからは、穏やかさが滲み出ている。この談話室の薄暗く寒々しい気配を忘れさせてしまう程に。レギュラス氏の、彼の優しい背中が永遠でありますよう。うまく泣けない彼の拠り所として、彼女が、ミョウジ先輩が在り続けますよう。
(彼女のような存在がほしいと、願ってしまう今日この頃)
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20130216
title by 彼女の為に泣いた(http://rura.4.tool.ms/)
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