僕は疲れてしまった。家のことも、母のことも。兄のことも。そして、自分自身にも、僕はもう、疲れてしまった。一度歩みを止めてしまえば、それからまた歩き出すには、どうにも億劫で、このままここに立ち止まってしまえたらと、僕は何度も考えていた。胸がくるしい。
ただ淡々と、父や母に言われるがままに僕は生きてきた。ブラック家に生まれたものならば、必ずスリザリンに入れと言われて兄と同じように育ってきた。育ってきたつもりであった。純血主義であることも、僕の家では、それが当たり前で、特に気にも止めなかった。兄だけは――僕の兄だけは、違っていたけれど。その違いこそが、僕と兄を隔てる厚く大きな壁、深く引かれた境界線なんだろうと。嗚呼、兄さんが遠い。
家を、ひいては血を裏切った兄のようには決してなるなと言われて、僕は、ここホグワーツに入学した。そして、親の望む通りの寮へと組分けされた。自分というものが、自分という存在が、からっぽな僕は、生きることに、何の意義も求めてはいなかった。あなたと出会うまでは…。
僕は、自分の名前があまり好きではない。それは、今でも感じ続けている少しの嫌悪感と、少しの違和感があるからだ。レギュラス――この名は、先代から受け継いで付けられたものである。皮肉なことに、レギュラスは、別名コル・レオニス…獅子の心臓とも呼ばれる星の名だ。
兄さんなんて、いなければよかったのに…。なんて、後から生まれてきた僕が言う筋合いはないのに。つい喉の奥から言葉が這い上がって、口を突いて出てきそうになる。信じている訳ではないが、子は、自分が生まれてくる前に、その生まれる場所、両親を選ぶのだと言う。もし、本当にそれが事実なら、僕は、
「僕は、…」
「レギュラス、なんて顔をしてるんだ。」
「…ナマエ、」
「また思い出していたのか? あのこと…」
随分と深く考え込んでいたのだろう。僕はナマエが、すぐ傍まで寄って来ていたことに全く気付かなかった。彼女が、僕の思考を中断させてくれたお陰で、僕はまだ、たわごとを言葉に出さずに済んだ。こんなことを考えてしまうのは、今日の天気が快晴のせいだ。それから、昨日兄さんに殴られたせいだ。
兄さんが入学する前は、どこにでもいるような普通の兄弟だったと思う。それが今はどうだろう。顔を合わせれば、お互いに憎まれ口をたたき、比べて短気な兄はたまに暴力に走ることもある。それが昨日だ。やさしかったあの兄さんは、どこへ行ってしまったんだろう。僕は、ぼんやりと暗い天井を眺めた。兄さんは、僕を殴ると言う行為で何を僕に伝えたいんだろう。それとも、意味もなく僕を殴ったのか?
「あれは、気が短いからな。すぐに手が出る。」
「野蛮、ですよ、ね。あのひと…横暴だ。」
レギュラス、とナマエの形の良いくちびるが僕の名を呼ぶ。はらはらと、僕の双眸から流れる液体に、冷たいあなたの指の先が触れた。そこから、僕の全てが…痛みや苦しみ、寂しさや辛さの何もかもが、からっぽだったはずの僕から流れ出ていくような気がする。僕の全部が、あなたに伝わればいいのに。
「…レギュラス。」
最高の奇跡は最低の悪夢からしか生まれないのならば、もう少ししたら、僕はきっと、自分の名を好きになれそうな気がする。あなたとなら。
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20130212
title by 遺言
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