短編ログ | ナノ
なんてことはないのよ

僕の寮の先輩にルシウス・マルフォイという人がいる。その人は、すこし…と言うより、とてもナルシストな性格をしていて、女性に対して口を開けば、詰まる所なくすらすらと甘い甘い言葉が沢山出てくる。どうしてあんなに言葉が出て来るのかと心底不思議に僕は思う。そんなルシウス先輩に、きゃあきゃあと騒ぐ女生徒たちは、もういつもの光景で、見慣れたものになっているが、あの人はどうだろう。


「あ。おはよう、レギュラス。」
「おはようございます、先輩。」


あの人とは、気が付けばルシウス先輩と一緒にいるミョウジ先輩で、いつも彼のことを呆れたような目で見ているのだ。ミョウジ先輩は、東洋の国の出身らしく、どことなくミステリアスな雰囲気を漂わせている。実年齢よりも幼く見える彼女の容姿は、僕にとって好感の持てるもので、スネイプ先輩のように慕っている先輩のうちのひとりだ。


「珍しいね、君がここにいるのは。」
「確かにそうですね。でも、先輩がひとりでいるのも珍しいですね。」

「あぁ、ルシウス?」
「はい。ルシウス先輩はどうしたんですか?」


冬の日の朝。今日は授業もなく課題も昨日の晩のうちに済ませてしまったため、この一日をどのようにして過ごそうかと談話室のソファーに座って思案していると、ミョウジ先輩が来た。スリザリンの談話室は、正直あまり居心地のよいものとは思えない。それに、今日のように寒い冬の朝なら、なおさら僕がここにいることは、先輩の言う通り確かに珍しいことではあった。


「ルシウスは寝込んでる。」
「え、…昨日までは普通でしたよ?」

「そうだね…。」


そう言いながら、ミョウジ先輩は僕の向かいのソファーに腰を落ち着けた。たぶん最初、先輩は挨拶程度の会話で済まそうと思っていたのじゃないかな。足止めをしてしまって悪いとも思った。あのルシウス先輩が寝込んでいるのだから、きっとルシウス先輩の為に朝食でも取りに行ってあげようとか、やさしいミョウジ先輩のことなので、そんな風に考えてたに違いない。


「レギュラスにも昨日の彼は"普通"に見えたでしょ?」
「僕にもって…。」


先輩は魔法でティーセットを出した。カチャカチャと食器のこすれる音が冷たい談話室に響いた。しばらくすれば、鼻腔をくすぐる紅茶の香り。以前、スネイプ先輩とルシウス先輩たちの茶会へ招かれたことがある。その時にも、ミョウジ先輩が紅茶を淹れて下さった。味も香りも然ることながら、ルシウス先輩が切に彼女を見ていたのを覚えている。


「ここに来る前に、ナルシッサに会ったの。
 彼女、今日のホグズミード村行きを楽しみにしてたから、とても可哀想。」


ナルシッサでも知らなかったことを、ミョウジ先輩は分かっていたと言うことになる。そう言えば僕は、ルシウス先輩がミョウジ先輩に向けて、公衆の面前で砂糖のように甘い言葉を吐いているのを見たことがあっただろうか。口を開けばすぐに、歯が浮くような台詞ばかりを述べる人なのに…。先輩はカップに口をつけ、まだ熱いだろう紅茶を飲んだ。


「周りに悟らせない。…そこが彼のすごいところだね。」


そう言って、先輩はいつものように呆れた目をして笑った。僕はそれを見て、もやもやと心のなかでふくらむものを見て見ないふりをしていた。憶測でものを言うのだけれど…ミョウジ先輩は、ルシウス先輩のことが、好きなんじゃないかな。ルシウス先輩には、僕の従姉であるナルシッサと言う婚約者がいるけれども、きっと、ルシウス先輩だって、彼女のことが――


「私には到底 真似出来そうもないけどね。」


酷く悲しそうに笑う先輩を、僕はこの両腕で抱きしめることが出来たらなぁ。僕は何も言えないまま、先輩は席を立って談話室を出て行った。僕によって中断されてしまった目的のために、大広間へと向かったのだろう。先輩が僕のために用意して下さった紅茶からは、まだ白い湯気が立っていた。


これが、一週間くらい前の朝の話。最近になって、先輩のあの言葉は嘘だったと知る。ルシウス先輩とナルシッサの婚約が解消されたそうだ。先輩とルシウス先輩が一緒にいるのは、いつもの光景であったが、二人を包む空気が淡い熱を帯びているのを、僕は感じていた。しかし、それでも…僕のなかに残るこのもやもやは消えてはくれない。


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20130211
title by つぶやくリッタのくちびるを、(http://m-pe.tv/u/page.php?uid=litta&id=1)

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