そうして貴女に手を握ってほしかった
僕は何もかも捨てたかった、そうして貴女に手を握って欲しかった。
けれど、彼女までもを巻き込んで、果たすべきことなのだろうか、と思考が立ち止まってしまった。
僕のこの世界は、貴女と僕が、両手を広げたくらいで、いとも簡単にその両手におさまってしまうのでしょう。
それだけに、とても狭く、他の者には邪魔が出来ないくらいに、とても、とても近い。
「私は何もかもを捨てたかったの。」
そんなことを考えていたら、ちょうど、彼女がそう切り出した。
こんな時までも、貴女と僕の考えていること、思っていることが一緒だったなんて、顔には出さないように心の中だけで喜ぶ。
「急にどうしたんです?」
そう問えば、ほの暗いこの部屋の中で、きらりと光る彼女の双眸がゆっくりと僕を見た。
視線と視線がぶつかり合って、僕は思わず瞠目してしまう。
「何も言わずに、聞いていて。」
あまりにも、彼女の目が真剣だったから…黙って聞いていてあげましょう。
視線はそのままに、僕はゆっくりと足を組み直した。
「ありがとう。」
少し間があいて、正面のソファーに腰掛けていた彼女が、僕の隣りに座った。
ぴったりと密着してきて、少しだけ寒い部屋の、少しだけ冷えた身体が、温かくなったように感じる。
「私は貴方のそういうところが好きだった。」
絡められた指先を、慈しむように、僕もまた、彼女の重ねられた手をそっと握る。
いいえ、事実だもの、と彼女はほんのり微笑んだ。
「…それは、どうも。」
貴女は、きっと、僕のことを理解してくれるって、家族のことも、一族のことも。
ようやく貴女と分かりあえて、前に進むことが出来た…そう思っていた。
なのに、
「神様は、いつも意地悪だわ。」
「……。」
「私がこの幸せをどんなに望んでいたか…」
どんなに心地良いものだと感じていたか知らない筈がないのに。
貴方の為なら、何もかもを捨ててあげたかった、と彼女は言う。
僕にとっては、この上ない最上級の言葉。
「家族も家も財産も、わたしのこの命でさえも…。」
「君までもたった一つしかない大切な命を捨てる必要はありません。」
「レギュ、ラス…。」
「僕だけで、十分です…。」
そう、僕だけで十分なのです。
家族のために、一族のために、組織のために、自分のために、犠牲になるのは、僕だけで十分なのです。
だから、貴女は、僕のために生きてください。
僕は僕の何もかもを捨てたはずでした。
貴女以外のすべて、何もかもを…。
そうして僕は、貴女の手をしっかりと握っていたはずだった。
「私は何もかも捨てたかった、」
きゅうっと、口を真一文字に結んで、震える彼女。
彼女が何を僕に言いたくて、何を僕のために言わないのかなんて、そんなこと、分かってる。
僕を困らせないように、
僕の決心を揺るがせないように、
彼女は、今、必死で耐えているんだ。
「そうして貴方に手を握って欲しかった。」
「はい…。」
「望みはそれだけなのに…。
どうして、こんなにも。
こんなにも上手く行ってはくれないの。」
彼女の僕の手を握る力が、より一層強くなったとき、一雫の涙が、僕の手の甲に落ちて来た。
僕のために、貴女が流す涙は、とても綺麗だと思う。
ありがとう。
こんな僕のためだけに涙を流してくれて…
ありがとう。
こんな僕でも、好きになってくれて、愛してくれて…
・
・
・
いくつもの黒い腕に、暗く冷たい湖の底へと引きずり込まれている今。
僕の瞼の裏には、貴女が最後に流した涙が光っていました。
(僕は、貴女のことが大好きです。愛しています。)(本当です。)
(出来る事ならば、来世では)(どうか、貴女ともう一度、幸せに、)
(さようなら、)
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20120902
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※これのRAB視点でした
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