レギュラスはソファーに座って視線を本に落としたまま言った。
それが、あまりにも自然なので…。それにいきなりそんな風に言われたんじゃ、私には意味が分からなかった。
「きっと僕は明日から居なくなるでしょう。」
"居なくなる"というのは、何処からだろうか。私の前から姿を消すと言うことだろうか。
前振り無しに、ただ唐突に"明日から居なくなる"とだけ言われても理解に苦しむ。
「何処から居なくなる訳なの?」
「そうですね。…貴女の前から、になりますね。」
「どうして居なくなる訳なの?」
「僕にはやらなければならないことが出来たので。」
「どうしてもやらなくちゃならない訳なの?」
「そうですね。どうしてもやらなければならいこと、ですね。」
「それは、レギュラスにしか出来ないことなの?」
「そうですね。…きっと僕にしか出来ないことでしょう。」
レギュラスは組んでいた足を組み直して、そう話す。
手元の本の内容が、彼の頭に入っているのかは私には分からないけれど、さっきからページが捲られていない。
私が彼に質問する度に、その本を支えているレギュラスの手が、微かに震えているように見えた。
「レギュラスは、一体何をするの?」
「僕は、……この澱んだ世界に小さな革命を起こします。」
「小さな、革命…?」
「はい。でも、もしかしたら小さくはないのかもしれません。」
「それじゃあ、大きな革命って訳なの?」
「そうですね。僕の為すことは大きな事かもしれませんし、小さな事かもしれません。」
「…結局のところ、どっち付かずじゃない。」
私がそう呟けば、本を閉じたレギュラスは苦笑いを零した。
その表情を見たとき、私はこころの奥がチクンと痛んだ気がした。それはとても哀しい笑みだったから。
それでも、彼の瞳には断固たる決意の大きな煌めきが浮かんでいた。今はもう、レギュラスの手の震えは見られなかった。
「何も知らない私が言えた義理じゃないけどさ。」
「なんですか?」
「革命って言うのはさ、ひとりで出来ないんじゃないの?」
「確かに、そうですね。この僕の革命は、ほんの僅かな一歩に過ぎません。」
「それなら、どうして?…自分でも分かってるんじゃない。貴方は馬鹿なの?」
「僕は、馬鹿なんかじゃありませんよ。」
「いいえ、貴方は馬鹿よ。彼女をひとり残してまで、その革命を起こそうとするなんて。…貴方は馬鹿よ。」
「そんな言い方しないで下さい。これは、僕がやらなければならないことなんですから…。」
「レギュラス…、貴方って言う人は…っ!」
私が声を張り上げて続きを言おうとすると、レギュラスに遮られた。
一人掛けのソファーに座っていた私を、彼は前から抱き締めて腕の中へすっぽりと包んでしまったから。
やっぱり、彼のこの話は変よ。革命をひとりで起こそうとするだなんて、頭が狂ってるんじゃないの。
「もう、どうせ私が何を言っても貴方は聞かないんでしょう?」
「そうですね。僕はもう決めてしまいましたからね。」
「貴方って、いつもそう。ひとりで考えて、ひとりで決めて…私には何も教えてくれない。」
「すみません。…それでも、僕はこれをしなければ、「やっぱり、貴方は馬鹿よ。」
「ちょ、痛い。痛いですって…!」
「いいえ貴方は大馬鹿よ!それに、あんぽんたんで、狡くて、卑怯よ!」
今度は私がレギュラスの言葉を遮った。
私は目の前にあるレギュラスの胸や肩を両手のこぶしでダン、ダン、と叩きながら、彼に訴えている。
しかし、彼はそれに動じないようで、私を抱く腕の力を強めて、更に身体を密着させて私が叩けないようにした。
「そこまで言わなくても…。でも、僕は馬鹿なのかもしれませんね。」
「認めたの?」
「えぇ。…僕はやっぱり、貴女の言う通り馬鹿な男です。」
「…れ、レギュ、ラス…?」
「本当は貴女に"明日から居なくなる"だなんて言うつもりは無かったんです。」
「そう、なの。」
「でも、僕は貴女に言ってしまった。…本当に馬鹿な男です。」
「それなら、どうして言ったのよ、レギュラス。」
「それは!……貴女の日常に明日から僕が居ないと考えるだけで、僕は…もう堪えられなかった。」
「堪えられないのなら、革命なんてやめてしまえばいいのに。」
「それは、出来ません。貴女と僕とクリーチャーの為に…。革命は必ず、僕が起こします。」
レギュラスは抱き締めていた腕を少し緩めて、腕の中にいる私と目を合わせてそう告げた。
最初のレギュラスは強い意志を持った瞳で私を見たけれど、次第に驚いた風な表情に変わって行った。
だって今、私、すごく泣きそうな顔をしているんだもの。それから、また強くレギュラスの腕に抱き締められた。
「僕は、貴女を泣かせたい訳ではないんです。すみません。」
「知ってる。…ひとりで考えて、ひとりで決めちゃうレギュラスだけど、私を泣かせたことは無かったもの。」
「そう、ですか?……でも、僕は、「もう、言わなくても良いよ。レギュラス、私分かってるから。」
「レギュラスだけは片時だって離れずに傍にいてくれたのにね。これからもずっと、そうだと思ってたのに…。」
「すみません。」
「謝らないでよ…。私だって貴方が居ない日常なんか、考えるだけで泣けてくるんだから…!」
とうとう零れた私の涙は、レギュラスの来ていたローブに落ちては染みを作って消えて行く。
今はもう、明日からは居なくなってしまう彼の腕の中、彼の存在を彼の温度をこころに刻み込んでおくのに専念した。
きみは片時だって離れずに傍にいてくれたのに
(明日からはきみがいない。)
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20110811
title by bamsen閉鎖
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