主と指切りをした指。どっちから いつ 離せばいいのか分からない。とりあえず お互いがお互いを向いたまま、小指を繋いだままの状態。このままじゃ仕事が進まないよなあなんて考えながら、俺から離すのもいやだし。かといって、主から離してくれたら それはそれで、寂しい。


「主さま」


俺がもやもやと頭のなかを回していた矢先。障子の向こうから届いたのは小夜の声。俺と主の目が合って 頷くのと同時、指を離し合う。主はそのまま障子のもとへ近寄って、静かに開けた。


「小夜さん!いらっしゃいませ」
「主さま、 こ、こんにちは」
「五虎退さんも!こんにちは」


主が二人に合わせてしゃがむ。座ってる俺からは主の表情は見えなくて背中しか見えないけど、声が嬉しそうだ。


俺と鯰尾が話したあの夜の次の日、鯰尾が初めての鍛刀をした。その鍛刀でこの本丸にやってきたのが五虎退。薬研と鯰尾の兄弟で、虎を五匹連れている。主が二人を部屋のなかに入れるのと同時にその虎たちも入ってきた。


「わあ、虎さんたちも。こんにちは」


あっというまに主の膝元に虎が集まる。にこにこしながら、まんべんなく一匹ずつ虎を撫でていく。撫でると、虎は主の膝にさらに顔をすり寄せた。


「かわいいです…」
「虎くんたち、主さまのことが 好き みたいです…」
「本当ですか?嬉しいです」


主と五虎退がにっこりしあう。ゆったりした時間が流れる。この本丸は、平和だと思う。主が笑って、それを見た俺たちも笑って。そんな本丸であってほしい。


「は、すみません!お二人とも 私になにか用事があってお越しくださったんですよね」
「五虎退が、主さまに渡したいものがあるって」
「へ、私にですか?」
「あの は、はいっ」


ずっと後ろに手を回してると思ったらそういうことか。小夜が五虎退の背中を押す。主の正面に来た五虎退が、おずおずと後ろから出したのは。


「わあ、きれいです…!」
「裏の花壇で、きれいに咲いていて… 主さまにも見ていただきたいと思って、」
「蓮華草… うれしい、うれしいです。五虎退さん」


一輪挿しに入った蓮華草。五虎退が主の顔をきらきらした目で見てる。主がお礼を言うと、その顔は ほころんで よりいっそう 笑顔が濃くなった。こっちまで笑顔が移る。


「毎日見るところ… 机の、ここに飾らせていただきますね」
「はいっ」


「五虎退、よかったね」


五虎退に向かって、優しく優しく言葉を渡す小夜。五虎退が「はいっ、ありがとうございます。小夜さん」と 花が咲いたみたいに話す。それを受けた小夜は唇をぎゅっと結んで ぎこちなく嬉しそうにした。そのまま、小夜は右手をそおっと上げて その手を五虎退の頭に置いて 不器用に三回撫でた。小夜のほっぺたは少し赤くて、五虎退はにっこり笑う。


「主さま、晩ごはん 楽しみにしていてください」
「僕も、お手伝い、します…!」


そう言った二人は ててて と障子の元まで進んで、お辞儀。障子を閉めて主の部屋を後にした。いいものを見たなあ。ぎこちない部分はまだまだ拭えないけど、小夜の表情の色が本当に増えたと思う。俺まで嬉しい。主も喜んでるだろうなあと思って隣に顔を向けると、主が顔を下に向けて震えていた。


「加州さん…」
「うん?」
「今の 見ましたか」
「え?」
「小夜さんが お兄さん してました…」
「あ、ああ 頭を撫でてたこと?」
「わたし わたし うれしいです」
「えっ ちょっ 主? 泣く? 泣くの?」
「なぎまぜん…」
「えー 目は潤んでるけど」
「うう すみません、加州さん…」
「いいから。はい。お茶」
「ありがとうございます、」


ずずず。主にしては珍しく音を立ててお茶を飲む。また新しい主を見つけた。こんな主、俺以外は知らないだろうな。たぶん。息はつけたのか 主が机に湯呑みを置く。


「加州さん」
「ん?」
「素敵ですねえ」
「…うん。ふふ」
「?」
「いや、主ならそう言うだろうなって思ったから」
「ば ばれていましたか」
「うん。ばれてた」


主が顔を隠すみたいに湯呑みを口元に運ぶ。照れてるのかな。かわいい。机に肘をついて 静かに主を眺める。また机に戻された湯呑み。見えた口元はきれいに弧を描いていた。


「みなさんにこの本丸に来てよかったなって思っていただくのが私の目標なんです」


「小夜さんの色んな顔を見ることが増えてきて、私はとっても嬉しいです」
「…うん。俺も嬉しい」
「へへ、加州さんならそうおっしゃってくださると思ってました」


主の言葉で 俺がすぐ嬉しくなること、主は知らない。ほんと、ずるい。


「主」
「はい、なんでしょう」


さっき、下を向いて そこから思いっきり首を上げたからか 主の髪は耳から落ちたまま。そっと左手を上げて 落ちていた一房の髪の毛を主の耳にかける。


「主が嬉しいと、俺も嬉しい」


少しの間のあと、主の顔が赤くなった。ここまで赤くなるのは珍しい、かも。いつも 主に一喜一憂させられてる気がしてたから、ちょっと 嬉しい。


「か 加州さん」
「なあに?」


「加州さんが嬉しいと、私も嬉しいです」


「おそろい、ですね」と言葉を残して、顔を赤くした主がまた湯呑みに口をつける。俺も真似して湯呑みに口をつけた。こんな小さな湯呑みじゃ 赤くなった顔はお互い隠せないのに、俺たちはしばらく湯呑みに口をつけたまま。


ひとは こういうときを しあわせって、呼ぶのかもしれない。




け出した呼吸をあげる

title by 夜半



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