「お風呂いただきましたー!気持ちよかったー!」 「鯰尾兄。はしゃぎすぎだ」 「えー? 薬研もはしゃいでたじゃんか」 お風呂から戻ってきた俺たちを、主とこんのすけが大広間で迎えてくれる。 「みなさん、おかえりなさい」 「おかえりなさいませ」 「ただいま戻りましたー」 「こら、鯰尾兄。まだ髪が濡れてるぞ」 「知ってるー」 タオルを首にかけたまま、鯰尾が主の隣に座った。薬研がドライヤーを持って、傍に寄っていく。 「鯰尾さん、風邪をひいちゃいますよ」 「風邪?」 「あ、えっと… 身体がだるくなって 熱を出したり こほこほと咳が出たりするんです」 「だーいじょうぶですって!俺、刀だし」 「だめです!みなさんはお強いとはいえ、ひとの身体のときは体調を崩すこともあると言われてるんです」 「えー」 「タオル、お借りしていいですか?」 「? どうぞ」 鯰尾からタオルを受け取って、「失礼します」と声をかけたあと。タオル越しに、主が鯰尾の髪をわしゃわしゃしだす。 「 わっ?」 「すぐ終わるので、少しだけ待ってくださいね」 「…はい」 さっきまではしゃいでいた鯰尾が静かになる。主、鯰尾の前だと なんか お姉さんみたいだな。 俺たちが少しずつ変わっていくように 主も少しずつ変わっていってる。会って数日の俺が言うのも変かもしれないけど。 毎日 一緒に居ると、そういう瞬間に出くわす。知らなかったことを知っていく。今みたいに、新しい表情を見ることだってある。そういうとき、嬉しくなったり、なんでなのか 寂しくなったりも する。今は、なんとなく 寂しい が強い。 「あるじ」 「はい」 「これ、めっちゃ気持ちいいですね」 胸のあたりが 重たくなる。どうしてかは分からない。鯰尾はこの本丸に来たばかり。ひとの姿になって一日しか経ってない。知らないことだらけ。そんな鯰尾に 俺たちや主がひとつずつ教えていく。それがこの本丸の形。当たり前のこと。 「ふふ。よかったです」 毛先をタオルで挟み込んで仕上げ。 「はい!完了しました」 「…ありがとうございます」 「どういたしまして、です。薬研さん、後はお任せしてもよいですか?」 「おう。任せとけ。大将」 俺が教えたように 薬研が鯰尾にドライヤーの使い方を教えてる。主と小夜が傍で穏やかに笑っているのを、俺は眺めてた。 ・ ・ ・ 「あるじー」 「はい、なんでしょう?鯰尾さん」 「寝るってどうすればいいんですか?」 お風呂から上がった主が大広間に戻ってきた。俺たちの輪の中に入って、主が座る。俺の隣。 「…は!」 「そうですよね、鯰尾さんは寝るのが初めてですもんね」 「はい」 「えっと、寝るというのは ですね…」 腕組みをしたり、顎に手を添えたり、こめかみに人差し指を当てて唸ったり。ほんと、なんでも一生懸命なんだから。さっきまでお姉さんみたいに大人びて見えていたのに一変してる。 本丸に来て初めての夜。俺も同じ質問をしていたのを思い出す。そのときも 主は一生懸命に考えてくれた。精一杯考えたあと、主はすぐに部屋を出て 戻ってきたと思ったら 布団と枕をつれてきて。一緒に寝ましょうって言ったんだ。不慣れな俺を気遣って、ずっと手を繋いでくれていた。思い出して、あったかくなる。ほんの少し前のことなのに、もう思い出だ。 「うーん…なんとお伝えすればよいのか…」 「寝るってのは、説明が難しいな」 小夜も腕を組んで考えている。 「主」 「はい」 「言葉で表すのは難しいからさ」 ・ ・ ・ 「…鯰尾、起きてる?」 「はい。目がぱっちぱちです」 天井と目を合わせていた鯰尾が、半回転。うつ伏せになってひじを枕の横につく。 俺が鯰尾と同じ部屋で寝る。それが俺が主にした提案だった。 「加州さんもですか」 「まーね」 兄弟だし 薬研に任せてもよかったけど。小夜と薬研は短刀で小柄だからか、眠くなるのが俺より早い。今日もたくさん働いてくれたあの二人を早く休ませてあげたいと思った。だったら俺が教えるしかない。 「加州さん、俺になにか言いたいこと あります?」 「 え」 「今日、加州さんからの視線をじりじりと感じてたので」 「あ、俺にじゃなくて 主に対してなのかな」なんて 鯰尾がこぼす。ほんと、陽気な顔してよく見てる。 「鯰尾って怖いわ…」 「あはは」 一日 見ていて思ったけど、鯰尾はいいやつだ。空気が読めていないようでよく読めてる。周りに居るひとを笑わせるのが上手い。 「この本丸の主は、いいひとですね」 「でしょ。自慢の主だよ」 「ははっ 見てて分かります」 肘をついて、枕で遊んでいた鯰尾が俺の方を向く。 「ふわふわしてて なんかほっとけないひとです」 また仰向けに戻って、天井を見ながら腕を伸ばす。そのまま自分の頭の下に手を移した。手を枕代わりにする鯰尾。 「俺たち、長いこと 刀をやってるからかな。見るだけでなんとなく人となりが分かっちゃいますよね」 「…うん」 「主って、何にも知らないんだと思うんです」 「あ、悪い意味じゃなくて」 「なんとなく 言いたいことは分かるよ」 「よかった」 「…そのまま、汚いことは何も知らずに きれいなままで居てほしい」 ほんと、よく見てる。 「鯰尾は、すごいな」 「え?」 「まっすぐだ。言葉も、行動も」 思ったことや感じたことを、すぐに言葉にできる。近づきたいと思ったから、近づく。もちろん 相手がいやじゃないか ある程度 考えたうえで 伝えたり 行動したりしてるんだろうけど。 俺は、まだ怖い。怖くて、そこまでまっすぐに主に言葉を手渡せないし、動けない。 「なんでしょうね、俺は記憶がないので」 「ひとは、言葉にしないと分からないことが多いから」 「もし言葉にして伝えておけば、俺が忘れてしまっても 相手が覚えてくれてるかもしれないじゃないですか」 「だから、思ったことはすぐに言葉にして相手に伝えたいし、行動したい」 「いつ伝えられなくなるか分からないですからね」 からりと笑って、鯰尾は言う。盗み見た横顔はどことなく寂しそうだった。 分かった。俺がもやもやしてた理由。いいなあと思ったんだ、鯰尾のこと。俺がしたいなと思ってること、伝えたいなと考えてること。でも これを言ったら、それをしたら、主はどう思うんだろうって巡らせてためらってること。鯰尾はすぐにやってみせた。 「俺は、加州さんってすごいなあと思いましたよ」 「え?どこが?」 「やっぱり気づいてないんですねえ」なんて、鯰尾がしたり顔をする。ちょっと腹立つ。 「主はこの本丸のことが好きだと思うんです」 「うん」 「加州さんや小夜、薬研、こんのすけ。たぶん 俺のことも大切に思ってくれてる」 「…そうだね」 「でも、大切にしてるからこそ しっかりしなくちゃって気を張ってる部分もあるんだろうなって」 鯰尾の言葉を聞いて、俺もそう思ってたんだ って口には出さないけど頷いた。ほんと、なんでも一生懸命なんだ。すぐに、自分のことより俺たちのことを優先しようとするし。それはもちろん嬉しいことでもあって。ただ、もっと自分のことを優先してよとも思う。 朝一番に起きて先に仕事を済ませてること、夜は一番遅くまで起きて報告書を作ってること。主は言わないけど、俺たちは知っている。初めての仕事をしながら 俺たちの些細なことを気にかけている主。疲れてないか、心配になる。その緊張の糸を緩められるときがあるのかって。 「でも、加州さんと居るときはちょっと違うんですよね」 「今日、俺が主に羊かんをねだってたあと」 「…ああ」 「主と加州さん、二人で話してたでしょ」 「うん」 「そのときの主、すごーく嬉しそうでした」 「いや、主はいつも嬉しそうにしてるよ」 「よく笑うひとだとは思いますよ。もちろん」 「だったら」 「加州さんと居るときの主は、なんか違うんですよ」 「…」 「あ、今は気が緩んでるのかなあって顔なんです」 「…ほんとに?」 「はい」 「俺、加州さんのこと 羨ましいなって思いましたもん」 そうだ。俺は鯰尾が羨ましかったんだ。俺にできないことをすぐにやってのけてみせるから。でも、鯰尾も俺のことを羨ましがってた。 なんか、へんなの。ふと気が抜けて笑ったら「えーなんですか」って鯰尾が俺の方に身を乗り出す。 鯰尾から見たら俺と居るときの主は一味違うらしい。俺が知らない主が居る。俺は全然気づけなかった。そうか、誰かの言葉を通して、知らなかったところを知ることもあるんだなあ。 俺の隣に居るときだけでもいいから、主の気持ちが緩んでくれていたら 嬉しい。鯰尾の言葉が本当だといい。 「ありがと、鯰尾」 「どーいたしまして、です」 そのあと、俺がありったけの主自慢を鯰尾にしたところまで覚えてる。ただ、いつのまにか二人して眠っていたみたいだ。 目が覚めたら、朝がそこにあった。眩しい 眩しい 朝だった。 舌足らずの愛におはよう title by 夜半 |