稽古場の扉にそっと手をかける。静かに入れたぞ、と声には出さずにガッツポーズを決めたすぐ。


「主、お疲れさま」


加州さんからのお声がけ。


「大将」
「主さま」


やはり刀の神さま。私は上手く気配を消せたつもりだったけれど、まだまだみたいだ。観念して、こそこそするのをやめる。


「ごめんなさい。手合わせの途中でしたよね…」
「ううん。主が稽古場に向かってるのは分かってたし」
「へ!」
「小夜も薬研も。分かってたでしょ?」
「ああ。俺たちは気配に聡いからなあ」
「主さまの気配は、分かります」
「な、なんと…」


私がここに来るのは ばればれだったということ、なのかな。みなさんの気を散らさないようにと思って、抜き足差し足なんてしていた自分が恥ずかしい。うーん、ひとまず、だ。過ぎたことは仕方がないと気を取り直す。


「みなさん、手合わせ お疲れさまでした。お昼ごはんにしませんか?」
「やった。今日の献立は?」
「ふふ。秘密です。こんのすけも手伝ってくれたんですよ」
「楽しみだな、小夜すけ」
「はい」







昨日 出陣から返ってきたばかりのみなさん。しかも初めての出陣。きっとまだ疲れは取れないはず。そう思った私は、朝ごはんの時間、お話を切り出した。


「みなさん、昨日は初めての出陣、本当にお疲れさまでした」

「怪我なく この本丸に帰ってきてくださったこと、私はとても嬉しいです」


ひとりひとり、目を合わせて。気持ちが伝わりますように。なんとなく、みなさんの顔つきも柔らかい。


「ただ、まだ疲れがとれていないと思います。本日はゆっくりお休みしてください」


私がそう口にすると、三人ともが顔をぽかんとさせる。三人はお互いの顔を見て 目を合わせた。どうしたんだろう。私が頭のなかでゆらゆらとはてなマークを揺蕩わせていると、隣の加州さんから真剣な声が届く。


「主、聞いてほしいことがあるんだけど」
「…えっと」


きりっとした顔つきの加州さんに、思わず身体を強張らせる。私、なにかまずいことを言ってしまったのだろうか。小夜さんと薬研さんに視線を移す。お二人も凛とした表情。お二人まで。


悪い想像が ぐるぐる、ぐるぐる。審神者を変わってほしいとか?ごはんが美味しくないとか?予想していなかったみなさんの仕草に焦る気持ち。怖い想像が膨らんで、困ってしまう。こんなときこそ、どっしりかまえなくてどうする。考えすぎだ。でも、加州さんの次に出て来る言葉を悪い方に考えて、苦しくなっていく。


「主?」
「はっ はい」
「なんか変なこと考えてない?」
「いえ そんなことは」
「…ほんとに?」


加州さんがぐっと私の方に距離を詰める。


「ご ごはん 美味しくなかった、でしょうか」
「は?めっちゃ美味しいけど」
「大将の作る飯が上手くない日はない」
「お二人がおっしゃるとおり、です」


「えっと、じゃあ やっぱり」
「やっぱり?」
「 私が 審神者として、」


尻すぼみになる、言葉。あんまりみなさんの前でこういう弱音は言いたくない。でも、昨日の出陣のことも含め、審神者としての自分に 今の私は自信が持てきれていないから。気が緩むとすぐに気持ちが落っこちそうになってしまう。


「あー そういうことか、ごめん。主」


「怖がらせちゃったね」


あ、いつもの 加州さん だ。元の場の空気が戻ってくる。


「俺たちさ、敵を倒して本丸に帰ってくるまでのあいだに話し合ったんだ」
「大将にとっても 俺たちにとっても 初めての出陣。それを終えて、色々と考えることがあった」


一口、湯呑みに口をつけて 薬研さんが話し出す。


「今回、大将を不安にさせてしまったと俺たちは思ってる」


そんなことないです と言いたいのを 膝の上で拳を作って ぐっと抑えた。


「初めての出陣で、俺たちは怪我なく この本丸に帰ってこれた」

「ただ、次もそうとは限らない」


嘘じゃないその言葉に怖くなる。


「俺たちさ、主の笑ってる顔が見たいんだよね」
「加州の旦那の言うとおり。不安そうな顔や悲しそうな顔はできるかぎり見たくない。これは三人とも同じ気持ちだ」


「でも、俺たちは出陣しないわけにはいかない」
「じゃあ どうしたらいいか。それを考えて ひとつの結論が出た」


「僕たちが、強くなればいい」


大人びた表情で私を見て、そうおっしゃったのは小夜さん。


「まあ、当たり前の話なんだけど」
「まあな。でも、それが大将に安心してもらうには一番じゃないかという話になったわけだ」
「主さまが安心して僕たちを送り出せるよう、僕たちは強くなりたい」


「強くなるためにどうするかっていうと… やっぱり鍛錬しかないと思うんだよね」
「これからは 朝食のあと、稽古場で手合わせの時間をとりたいと考えてる」
「もちろん 手合わせが終わったあとは 主さまの仕事を手伝います」


隠していたつもりだったのになあ。みなさんにはお見通し。ああ、でも 加州さんには弱音まで聞いてもらっているし。きっと私は半人前にも至らない。加州さん、小夜さん、薬研さん。ごめんなさい。頼りなくって、戦術の知恵だってこれっぽっちもなくて、指揮もびしっと決められない。こんな審神者で 主で ごめんなさい。他の本丸の審神者さんは 私よりしっかりしていて、私より頭がよくて、私より 美人だったり かっこよかったりするんだろうな。


でも、そういうのをすっ飛ばして、今の私は 自分のことを本当に幸せ者だなあと思っている。


「みなさん」


「ん?」


優しい顔が三つ。私、みなさんに この本丸に来てよかったって思ってほしいなんて宣っていたのにな。これじゃあ逆転だ。


「素敵すぎます」


頼りなくって、戦術の知恵だってこれっぽっちもなくて、指揮もびしっと決められない。そんな私に笑っていてほしいと言ってくれる。私を笑わせるために、安心させるために、強くなりたいと言ってくれる。そんなの、私の方が この本丸に来てよかった って思ってしまうでしょう。


「俺たちを素敵にさせてくれてるのは主だよ」


加州さんが 少し得意げに にんまり笑った。そういうところが、ずるいんだ。




きみのやさしいを咀嚼する

title by 液果



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -