座ってもいいのに、主はずっと立ったまま 手合わせを見ていた。俺たちが笑ってると、嬉しそう。でも、ふとしたときにどこか寂しそうな顔になる。なんとなく気になって、でも、今は声をかけられなくて。なんか、胸のあたりがもやもやする。


主が用意してくれたお茶とお菓子をあてに休憩をはさみながら、結局 日が暮れるまで三人で稽古をした。終わったあとはみんなで鍛錬場の雑巾がけ。ふう、と一息をつく。


「みなさん、夜ごはんの前にお風呂にどうぞ」


いつもなら俺たちも夜ごはんの準備を手伝うけど、今日は汗を流してからの方がよさそうだ。


「主、ありがと。片づけは俺らがやるからね」


主はふんわり笑って、鍛錬場の電気を消した。主は、よく笑う。だからかな、さっきの寂しそうな顔が気になるのは。









お風呂から上がった俺たちは、厨からのいいにおいに盛り上がる。今日の夜ごはんは生姜焼き。牛蒡と山菜がたっぷり入った汁物も美味しい。俺も小夜も、顕現して何回かごはんの準備を手伝ってるけど、やっぱり 主の作るごはんが一番美味しいんだよなあ。


ごはんのあとは、宣言通り、俺たちで食器の片づけをする。主はお風呂に向かった。主に髪を乾かしてもらって、俺が主の髪を乾かしたあの日のことを思い出す。小夜の髪は俺が乾かしたし、薬研には さっき ドライヤーの使い方を教えた。ここに居る男士で、主と髪を乾かし合ったのは俺だけ。なんとなく得意な気持ちになってしまう自分が恥ずかしい。でも、嬉しい。







お風呂から上がった主が大広間に戻ってきて、しばらく四人と一匹で色々な話をした。薬研の兄弟のこと、小夜の兄弟のこと。洗濯や花壇の水やりは当番を決めて回そうか、とか。

小夜と薬研が揃って同じタイミングであくび。時計を見ると十一時半。あっというまだ。大広間を出て、主の部屋の隣に三人分の布団を敷く。


「みなさん、今日はお疲れさまでした。ゆっくり休んでくださいね」
「大将もしっかり休んでくれ」
「主さま、おやすみなさい」


挨拶をして、二人が布団に入る。寝転んで枕に頭を載せる二人に、肩まで布団をかけなおして「おやすみ」と言うと、「おやすみ」「おやすみなさい」と小さな声の返事。障子の外に居る主を見たら、優しい目をしてた。


静かに二人の傍を離れて、障子の外に居る主のところまで向かう。


「主ももう寝る?」
「加州さんは眠たくないですか?」
「うん」
「じゃあ、また夜更かししちゃいましょうか」


いたずらをする前みたいに、主の口が弧を描いた。







へくしゅっ


「はは、かわいいくしゃみ」
「くしゃみをするのが昔から下手で…上手くできないんですよね」


卯月といえど、夜はまだ冷える。主に「待ってて」と伝えて、箪笥のなかにあった膝掛けを持ってくる。もちろん、小夜と薬研を起こさないよう 静かに。そのまま、縁側に座る主の膝にかけた。


「あったかいです。加州さん、ありがとうございます」
「どういたしまして。 、 へっくしゅ」
「あはは、かわいい」


「半分どうぞ」
「うん、ありがと」


主が膝掛けの半分を俺の膝にかけてくれる。一つのものを二人で使う。あったかい。膝元だけじゃなくて、胸のあたりもほんのりあったかくなっていく。


「主さ」
「はい?」
「 、 手合わせのとき、何を考えてたの?」

沈黙。主の方を向くと、びっくりした顔で俺を見てた。


「加州さんには何でもばれちゃいそうです」


膝の上に出していた手を膝掛けのなかに入れる。


「主が何を考えてたのか考えてたんだけど、」
「 、 俺、分かんなくってさ」


そう。分からないんだ。初期刀なのに、このなかで一番 主と居る時間が長いのに。主がどうしてあんな顔をしていたのか分からない。もどかしい。


「加州さん、眉毛がへの字になってます」


あ、笑った。


「加州さんはとっても優しい方です」
「え?」
「 、 私、だめですねえ」
「なんで?主はだめなんかじゃないよ」


あんな顔をさせてしまう俺たちが、どうしてあんな顔をさせてしまうか分からない俺が、だめなのに。


「加州さんが私のことを思って、色々 考えてくれてたんだなって分かって」
「困らせてしまったのに、嬉しいなあって思っちゃったんです」


「だめな主でしょ?」


「主にそう言われて嬉しくなってるから、俺もだめな刀かも」
「ふふ、おそろいですね」
「うん、おそろい」


二人で笑ったら、肩が軽くぶつかった。



「みなさんは、刀の神さまなんだなって改めて思ったんです」



「私、みなさんと過ごしてまだ数日しか経ってません。でも、みなさんと居る時間がすごく好きになっていて」
「ごはんを食べたり、お話をしたり、お掃除をしたり」
「そういう、人の暮らしをしているみなさんを見ているのが好きで」


俺に向けて、主がゆっくり言葉を並べていく。


「でも、私はそんなみなさんを戦場に連れていかないといけません」
「私は審神者で、みなさんは刀剣男士で。歴史を守ることが使命です。出陣してもらわないなんて選択肢はないけれど、」
「みなさんが痛い思いをしたり、悲しい気持ちになったりするんじゃないかって考えたら、すごくいやで」


主が膝掛けの下で拳を作ったのが分かった。


「でも、今日の手合わせを見て安心もして」
「みなさんがお強いのを知って安心したのと、みなさんにとって 戦いは日常のひとつなんだということを感じて」
「でも、戦いを知らない私は、今までみたいに 一緒に洗濯をしたり、ごはんの準備をしたり。そういう光景がみなさんの日常になったらいいのにって思ってしまって」



「私だけ、置いてけぼりみたいに感じて、寂しくなったんだと、思います」



主は、審神者という立場として、自分がそう思っていることを 本当は 俺たちに隠しておきたかったんだと思う。でも、俺が聞いてしまったから答えてくれた。

確かに、俺たちにとって戦いは日常のひとつだ。痛いのはいやだけど、怖いとか、そういう気持ちはあまりない。むしろ、戦っているとき、わくわくすることだってある。



「主は、俺たちのことを大切に思ってくれてるんだね」



主。やっぱり、俺はだめな刀だよ。主が俺たちのことを心配して、寂しい思いをしてたって聞いて、嬉しくなってしまう。主にそんな顔をさせているのは俺たちなのに。でもさ、それは 主が俺たちを大切に思ってくれてるからこそ 在る感情なんでしょ?


「俺たちはさ、」


「人が居て初めて存在できるんだよね」


「ずっと刀として人の傍に居て、力になりたいときに なれないときもあった」
「でも、今は違う」
「人の身体をもらって、自分がしたいと思ったことができる」


「主が居ないとできなかったことだよ」


下を向いていた主が顔を上げて、あどけない顔で俺を見る。



「ありがとう、俺たちを呼んでくれて」



俺が笑ってそう言うと、主の目から水がこぼれ落ちた。前もこんなことがあったね。


「これから、今の俺たちより強い敵と戦う日が来るかもしれない」


「でも、俺たちは、主が居るから」

「絶対にこの本丸に戻ってくるよ」


ああ、また落ちた。主の目からぽつぽつと水が落ちていく。指で拭ってあげるけど、また落ちる。


「人は、絶対という言葉を信じないかもしれないけど」

「俺の絶対は、絶対だから。信じてほしい」



「もっと強くなるから、傍で見ててね」



主は「はい、」と華奢な声で呟いて、綺麗に笑った。


膝掛けを分け合ったみたいにさ、これからの俺たちは、お互いの寂しい気持ちとか、不安も分け合っていけたらいいよね。




夜明けのすきまを縫いとめて


title by 液果


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