「寝ちゃった?」
「はい」


ひそひそと、内緒話をするときの声の大きさで私たちはしゃべる。


馬とふれあい、ひな菊と天道虫を見つけて楽しい気持ちになったあと、加州さんと小夜さんは馬小屋の掃除、私とこんのすけは洗濯と ふたつに班分けをして それぞれに働いた。

夜ごはんには散らし寿司を作って、食卓は賑やか。食べ終わった加州さんと小夜さんはお風呂へ。そのあとに私もお風呂をいただいて、すぐには眠れなさそうな小夜さんの部屋で 3人でお話。

少しして 小夜さんがまぶたをこすりはじめたので、小さめのお布団を出して寝転んでもらう。しばらくは小夜さんも交えて三人でしゃべっていたけれど、途中から すうすう と寝息がしたのに気づいて、加州さんと私は目を合わせた。


「いっぱい働いてくれましたから、疲れてたんでしょうね」
「うん。馬小屋の掃除、頑張ってたからね。夜ごはんの準備も」
「夜ごはんの片づけまでお二人に任せてしまって」
「俺たちがしたかったからいーの」
「ありがとうございます」


髪を結んでいた赤い紐を外した小夜さんのふわふわの頭を撫でる。かわいい。


「お風呂でもさ、目がきらっきらしててさ」
「ふふ、大きいお風呂ですもんねえ」
「初めは遠慮して端の方で入ってたんだけど、最後は慣れてちょっと泳いでた」
「かわいいなあ」


加州さんも小夜さんの髪の毛をいじりはじめた。お兄さんと弟みたいで微笑ましい。


「加州さんが居てくださったので、たくさん助かりました」
「ほんと?俺、何にもしてないけど」
「そんなことないです。助太刀してほしいタイミングで手を貸してくださって」
「主が助かったならよかった」


とくとくと流れる、ゆっくりした時間。現世は現世で楽しくて もちろん嬉しいこともたくさんあったけれど、本丸に来てから とりわけ嬉しくなってばかりな気がする。



「こんな時間がずっと続いたらいいなあ」



自分の考えていたことがぽろりと出てしまったのかと思った。思わず自分の口元を押さえてしまったくらい。加州さんが落としてくれた言葉だった。



「私も同じことを考えてました」



私だけじゃないのかな。加州さんも、小夜さんも、こんのすけも。この本丸での暮らしを 時間を 嬉しく思ってくれてるのかな。


...でも。


審神者である私と この本丸に来てくれたみなさんは、歴史を守るようお願いされている。目の前に居る優しい神さまたちは、歴史を変えようとしている何かと戦うことが決まっていて それは揺るぐことがない。大切なことをしようとしている。だけど、私たちがしようとしていることは 楽しいだとか嬉しいだとか そういうことばかりでおしまいじゃないこと。これからの私たちには、その事実を見ないふりができなくなるときがやって来てしまう。


朝起きて、顔を洗って、みんなでごはんを食べて。洗剤の泡に驚いて、動物にふれて、咲いているお花に気持ちが揺れる。そんな当たり前のことを こんなに幸せそうに営んでくれている神さまたちを、私は戦場に連れていかないといけない。歴史を守ること、大きすぎて私にはまだ分かりきることができないけれど、大切なこと。だけど、加州さんや小夜さんが悲しい気持ちになるのは、いや だなあ。


「主?」


心配そうな声にはっとする。眉毛が下がっている加州さん。


「すみません、ぼおっとしてました」
「どうしたの?」


「目が、きらきらしてる」


加州さんが私の顔を見つめる。そのまま私の目じりに親指でふれた。それで初めて、目に涙が溜まっていたことに気づく。


「主、見て」


加州さんは自分の親指についた私の涙を見せながら、


「きれい」


そう言ってくれた。きれいで、やさしい神さま。


「加州さん」
「ん?」
「明日も、宜しくお願いします」


「うん。可愛くしているから 明日も宜しくね、主」




すべらかな瞬きに焦がれた


title by 夜半


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