なんとなく外が眩しい気がしてゆっくり目を開いた。昨日は月明かりが入ってきていた障子から日の光が注ぐ。 まばたきを重ねると、目の前がはっきり見えてくる。最初に入ってきたのは俺の手。それから、俺の右手のなかで柔く握られてる主の手。ああ、ずっと繋いでいてくれたんだなあと起きはじめた頭のなかで巡らせる。 なんとなく、握っている手に少しだけ力を込めた。寒かったのか、主の顔は半分くらい布団の中に埋まっている。その姿が微笑ましくて、もう少し見ていたいなあなんて俺は思う。 布団からはみ出した主の手が寒そうだ。布団をかけようと考えた俺は、主を起こさないようにそっと身体を動かす。 「…ん」 「 、あ」 「…加州、さん?」 「主、おはよ」 「おはよう ございます」 「起こしちゃってごめんね」 主は「ぜんぜんだいじょうぶです」と呟いたあと、頭のてっぺんまで布団を被った。俺はうつぶせのまま、枕に向かって肘をつく。布団に埋まった主の、たぶん頭のあるあたり。軽くつついてみる。つつくと、白いかたまりがもぞもぞと動く。 「あるじー…?」 呼びかけると、小さな「 はい、」という声が送られてきた。白いかたまりから丸い頭が見え隠れしてしばらく。布団から顔が半分現れる。ゆっくりとまぶたを上げて、二回のまばたき。何回かまばたきを繰り返しながら、その目はゆらゆらと視線を漂わせたのち、俺のそれとかち合った。 「は!」 主が飛び起きる。あ、手が離れちゃったなあ。握ってもらっていた手を見つめる。少しもったいない気持ち。 「加州さん、あの おはようございます」 「うん。主、おはよ」 「わ、わたし、お恥ずかしいところをお見せしました、ね…!」 俺も布団をめくって起き上がる。主の視線は泳いだままで、俺と目が合わない。主のほっぺたが赤いのが見える。なんだろう、 「かわいいね、主は」 「…」 「え?」 「…え、え、ええ!?」 「そんなに驚くこと?」 「あの そんな風に褒めてもらうことがないので、」 「そうなの?」 主が顔の前でぶんぶんと手を振っているなか、障子の外から届く声。立ち上がって障子を開ける。 「主さま、加州さま、おはようございます」 「おはよう、こんのすけ」 「おはようございます」 主も俺の後ろについて挨拶をした。後ろを振り向いて見た主の頭には少し寝癖がついている。やっぱり、なんか、かわいいなあ。 刀の俺やこんのすけに対して、礼を持って てきぱき動いてくれていた昨日の主とは違う一面。雰囲気は常にふわっとしてるんだけど。昨日は初日だし、俺たちの前だから気を張っていたのかもしれない。今の主は自然体に近いのかな。 こんのすけと厨で落ち合う約束をしたあと、俺たち二人は布団を畳む。主が一度自分の部屋に戻るのを見送って、俺は洗面所に向かう。顔を洗ってすきっりしたあとは、主からもらった内番服に着替え。鏡を見ながら 髪の毛を整える。うん、いいかんじ。 大広間の隣にある厨に近づいていくと、料理の音がする。包丁がまな板に当たる音。厨の襖を開けると見えたのは主の後ろ姿。 「主、おまたせ」 「加州さん」 俺の方を向いてくれるその姿に、胸のあたりがあったかい気持ちになる。厨のなかに入って、主の隣に立つ。 「俺も手伝っていい?」 ひとつの間のあと、主は俺に咲いたような笑顔をくれた。 「本当ですか?」 「うん。手伝いたい」 「加州さんが手伝ってくれるなら心強いです」 「…そっか」 「はい」 おおげさだなあと思う。俺は確かに神さまだけど、主は俺の主なんだからもっと偉そうにしてもいいんじゃないだろうか。 「えっと では お魚を焼いていただけますでしょうか」 「うん。任せて」 魚の焼き方を主に教わる。お米が炊けるいい匂い。主は卵を割って、菜箸で溶かす。ある程度 混ぜたあと、フライパンっていうものをあたためて、そのなかに卵を落とした。じゅうっといい音。 「よく眠れましたか?」 「うん。気づいたら寝ちゃってた」 「私もです。いつのまにやら」 なんか、いいなあ。目の前の窓からは朝の優しい光が降りてきて、透かした窓から風が入ってくるのが気持ちいい。お米のいい匂いが漂って、たわいもない話をして。自分が刀だってことを少し忘れてしまいそうになる。 ・ ・ ・ 「「「いただきます」」」 「いっぱい食べてくださいね」と言った主が、俺のお茶碗に大盛りでごはんをついでくれた。鮭に卵焼きにお味噌汁。主曰く、「ザ・日本の朝ごはん」らしい。何から口につけようか迷って、ひとまずお味噌汁を飲む。 「…おいしい」 「やりました!これがお袋の味というやつです」 お袋の味がなにかは分からなかったけど、主が嬉しそうだから まあいいか。主はにこにこしながら、鮭に箸を伸ばす。箸につかまれた鮭は主の口元に運ばれていく。俺が初めて焼いた鮭。俺はそわそわしながら主を見つめる。 「ふふ、おいしいです」 「ほんと?」 「はい。本当です」 「…へへ」 俺の初めて作った料理を、主が顔をほころばせながら食べてくれている。いい匂いのするごはんを誰かと一緒に食べること。ひとがしている、当たり前のことのひとつ。俺は少しずつ、こうやって ひとの当たり前を覚えていくんだ。 幸せそうな主の顔を眺めながら、「主と出来るだけ長く一緒に居られますように」って願う。これが、俺の初めての朝の思い出。 心臓にいちばん遠い部屋で君を学ぶ title by あくたい |