「大将、大丈夫か?」 「指が全く進んでないが」、薬研くんに言われて初めて自分の指が止まっていることに気づく。薬研くんが遠征の報告に来てくれたので、遠征先での楽しい話を聞きながら報告書を作っていたはずなのに。 「ご、ごめんね。せっかくすぐに報告に来てくれたのに」 「いや、俺はかまわないが…」 座布団に座っていた薬研くんは、机に向かう私の方へ少し身を乗り出して、私の前髪の下にその手のひらをくぐらせた。刀の神さまのみんなの体温は本来の姿から来ているのか少しひんやりしている。目の前の薬研くんが私の目を覗き込む。 「熱はないな」 「元気が取り柄だから」 「頑張りすぎて熱を出したのはどちらさまだったか?」 「…こういうときの薬研くんは厳しいなあ」 私のおでこから手を放したあと、その手を口元に添えてきれいに笑った。「なにかあったか?」聡い神さまだなあと思う。神さまだから聡いのかもしれないけれど、加州と薬研くんは、本当に周りへの機微がずば抜けている。 「加州にね、一番好きなものはなにかって聞かれたんだけど、」 薬研くんがぴくりと動いた気がした。空気が少し揺れる。 「私、すぐに答えられなくて」 「加州はそれを聞きたかったんだと思うんだけど、なんだか悲しい顔をさせた気がして」 「それからずっと考えてるんだけど…」 気が入らなくて、パソコンを一度閉じた。理由は分からないけれど、私は加州を悲しい気持ちにさせてしまった気がする。あの後も話をしているときは楽しそうにしてくれるんだけど、加州はどことなく上の空だ。怒っている風でもないし、でも、なんだかもやもやする。 「薬研くんの一番好きなものはなに?」 薬研くんが私をまっすぐに見た。空気がぴりっとする。綺麗な目、吸い込まれそう。少しの沈黙のあと、薬研くんは右手の人差し指を出して 私の顔を指して、 「大将」 「、あいた」 「眉間に皺」 眉間に向かって そのまま人差し指を押し当てた。反射的に眉間を押さえつつ「意地悪だ!」の一言でも投げるぞと思って薬研くんを見たのに、真面目な顔つきをしていて言葉が出なくなる。 「大将は一番好きなものが分からないのか?」 「…決められない」 だって みんな 大切だから、順番なんて決めたくないし決められない。それっていけないこと? 「大将の優しさは薬にも毒にもなるな」 「どういう意味…?」 「そのうち分かるさ」 かなしそうな、顔だ。なにか傷つけることを言ってしまったのかもしれない。薬研くんは背は私よりも小さいのに、懐が大きくて 大人びたことを言う。だから、つい頼りにしてしまう。私を含め、周りのみんなが。薬研くん。言いたいこと、我慢してない? しっかりしてるのを知っているから 私は心配だよ。なんて言葉を手渡したら 何をしたら 元気になってくれる? 「薬研くん」 「いつもありがとう」 おずおずと 薬研くんの頭を撫でる。私より小柄な 私よりずっと長い時間を生きている神さま。嫌がられちゃうかな。でも 私が思いつく 私にできることって このくらいしかないんだ、 今は「ごめんね」とか「どうしたの」って聞くところじゃない気がする。いつも私が薬研くんに思っていることを伝えたい。薬研くんはしばらく私に撫でられたそのあと、 「大将はずるいなあ」 と言って 私の頭に手を置いた。少しひんやりしているけれど、あったかい手。いつもの笑顔だ。大人びている薬研くんが見せる子どもみたいに笑う顔。 「いつもの薬研くんだ」 薬研くんは優しい目を向けて、 「この先、俺は大将には勝てる気がしない」 そういったあと、私のおでこに、こつんと綺麗な拳を当てた。 花になりたいとぼくはいいたい title by 深爪 |