籠屋本編 | ナノ

一.後ろを振り向くことなかれ
26.



 並べた和菓子は、あっという間に売れてしまった。空になったショーケースを見ながら、羽鶴は榊の姉が何故朝一で店に来たのかようやく呑み込む。
 客は途切れることがなく、店の中で食べていくお客もいたのだが、ゆっくり話すことは難しく、会話も目的で来たのなら誰よりも早くと思うだろう。
 会話をしながらさっさと済ませてしまう宵ノ進が時折恐ろしい。口調や雰囲気は和やかそのままに、一人一人に花一輪添えるようにして接する彼が見せる笑顔はどうにも惹かれてしまう美しさだった。
 売り切ってからも来たお客に商品がないことを詫び、お茶を振舞い談笑するとは凄まじい。
 お作り致しますなんて言いそうなものだが、羽鶴がいるから一人にできないのではないだろうか。そんな考えを巡らせていると、限られた材料を使いきってしまうのだと会話が聞こえ、ほっと茶器を下げる。
 大瑠璃ならば売り切れちゃったよ、なんて平然とゆったり構えて言うのだろう。
 お客を丁寧に見送った後ろ姿を真似ながら、羽鶴が名前を呼ぶと、茶器を下げたことへのお礼が返ってくる。

「売り切れちゃっても、こうしてるんだ。みんな笑顔って、すごいね」

 誰も文句を言わない。ただ和やかに笑い過ぎ去って行く。

「昼までとなっておりますから。来ていただいて、見た目が塀では気を落としてしまうでしょう。お話しして、要望を取り入れることもありますが、良い機会ですよ。朝日はそれが好きだと言うくらいです」
「これは夕方からご飯食べにいこうかなって思うよ……」
「ありがたいことです。誰かの為に御食事を用意できるということは、とても。もうじき昼ですね。お茶台を拭いて、看板と茶椅子をしまって表戸を閉めましたなら、中へ戻りましょう。皆が待っておりますよ」




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