籠屋本編 | ナノ

三.菊花百景
124.



 羽鶴が眼を覚ますと、枕元に一羽の折り鶴がちょんと座ってこちらを向いていた。
 痛んでいた頭は薬のおかげで静まって、ひとつ息をこぼすと周りに誰もいないことが窺えた。元気な雨麟や朝日も、静かな香炉と白鈴も、ひねくれた大瑠璃と、やわらかな宵ノ進も。派手な店長も。
 寝かされてどれくらい経ったのだろう。柔らかく灯りを寄越す行灯が、一旦席を外しているだけなのだと告げている。その優しさが有り難く、そして申し訳ないとも思った。

(僕は、どうして寝込んでなんか……)

 今はあまり頭を使いたくはない。ああ、あれほど秘密裏に動こうと思っていたのに結局人を巻き込みながら伝えた挙句このざまなど。
 ひどく不安で堪らない。みんな無事に、引き寄せ刀を退治できるのかわからない。不穏な夢と体調が相まって気持ちが落ち込んでいるにしても、拭いきれない不安に気が触れそうで。
 大瑠璃の顔が浮かんだ。もうすぐ帰って来るだろうか。

 帰って来る。帰って来ることへの安堵。自分などちっぽけに感じる。籠屋にいなければ尚更で、でかくて広い校舎の中でもぽつんと感じることがある。和らげてくれるのは榊で、どれほど感謝したろうか。
 この広い籠屋は誰かがいてくれる。手厚い人の温かさを感じる。ぽたり、涙が頬を滑った。
 重い腕を上げて指が涙をすくう間に、驚いた顔の雨麟と鉢合わせる。ピンクのオールバックはほっとした顔で膝を折ると、ぽんぽんと胸の辺りの布団を叩いた。

「よかった、ずっと寝てたからよ。疲れが溜まってたンじゃねえのか。籠屋に来てから二週にもならンのだからよ、俺らも無理かけちまってすまねぇな」
「ううん、いいんだ。いつもありがとう。僕は見習いだし、ちょっと無理する時期なのかも」
「ばっか無理はダメだっての。見習い体験にしてもぶっつけ本番すぎるからなウチ。芸事はしなくていいけどよ、うン。わりとハードな気がしてきた」
「芸事は僕は無理だなあ……ほんとすごいよね朝日とか……」
「そいやぁよ、その朝日がさっきまですばめ屋の男衆に捕まっててよ。何つったかな、名前が出てこンのだけど。やっぱり買い物引っ張り回してたの見られててよ、物申しに来られちまってたわ。ものすンげえ言い返してたけどよ」
「すばめ屋の頭お堅い部門の方々が直々に文句言いに来たんだぜ!!」
「うお朝日」
「でもさぁ正直どっちもどっちなんだよねー。だから文句言われる筋合いもないのー。でも言いにきちゃって馬鹿だよねー。朝日ちゃんと喧嘩上等! で終わったから別にいいけどさー。結井郎には頭固すぎて話通じないからエンカウントしたら朝日ちゃんを呼びな!」
「あーそうだそうだ結井郎だ。すばめ屋の若い衆の。まァめっちゃ年上なンだけどよ。真面目すぎて話が通らねえンよな。鉄二郎大好きマンでよ。だから今回借り出したのが許せなかったンだろ」
「人には都合があるぜ!!」
「そうなンだけどよぉ。まァ面倒な奴来たら俺ら呼べってことだ。すまンな今こういう話でよ」
「いやぼんやりしてるから気にしないで」
「そいや大事とって明日も休めってよ。連絡済だそうだぞ」
「ぎゃー!! 補習がああ!!」




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