籠屋本編 | ナノ

二.花と貴方へ
96.萩



 宵ノ進に作ってもらったお弁当を平らげた羽鶴は、榊と花飾りで彩られた商店街を歩く。朝よりも飾りが増え、和の街並みは鮮やかな花で埋め尽くされては香りが立ちこめはしゃぐ観光客が次々とカメラを壊していた。

「すっごい花だらけ……観光客もすごい増えたね」
「羽鶴は花祭り初めてだもんな。これからもっと増えるから気を付けろよ」
「うん。目眩がしそう。着物の人が多いね」
「まあ洋装の方が浮くからな。大体仕草で判るけど。あ、射的」

 榊が遠目の屋台を発見しては不敵に笑う。いつの間にあんなにずらりと並んだのだろう、景観を損ねぬように街並み優先で凝った木造の屋台が花を模った提灯を下げ、それぞれ暖簾をはためかせていた。もとより止める気などない羽鶴はイイモノを見つけて機嫌のいい榊についてゆく。射的の屋台前に着くと並べられた景品を前に榊が二人分払っていた。

「え、榊僕見てるだけでいいんだけど」
「何言ってんだ遊べよ羽鶴。何か欲しいのないのかよ?」

 言いながら榊が玩具の銃に弾をこめている。

「うーん考えとく……」
「ほほうならプレゼントだったらどれを贈りたい?」
「プレゼントか……」

 榊が景品を仕留めて倒すと受け取りがさごそやっている。こんこんと考えていた羽鶴はふと頭に違和感を覚えて手をやった。なにやらふさふさの物体が頭の上に乗っている。

「ん? 何……ああああああああああああ榊ぃいいいいいいいいいいいいい!!!」

 笑いを堪えきれずに可笑しそうにする榊の両手には袋に入った猫耳カチューシャが色違いで入っていた。
 早急に取り払おうとした羽鶴の手を押さえ「銀髪とほぼお揃い」などとふざけたことを言っている。白か、白耳か。店主の兄さんも口に手をやって笑っている。お前ら相性良すぎやしないか。そんな内心が全部顔に出ていた羽鶴は榊から袋をぶん取ると黒猫耳を生意気な黒髪赤メッシュに装着させた。

「っくくこれであいこっていう……羽鶴、優しすぎだな……」
「おい腹を抱えて笑うとはいい度胸だピンクにしなかっただけありがたいと思え」
「ああどうしよう鼻パーツもある……っふふ……羽鶴に猫髭……ふふ……」
「おい妄想内で僕につけるな。いや現実でも願い下げだ榊」
「ほら羽鶴はあと三回あるぞ。混む前に撃っとこうぜ」
「はあ。まず当たるかだっての。お兄さん笑いすぎですよ。ったくお前ら……」

 羽鶴は先程の榊の真似をして銃を構える。そういえば射的なんていつぶりだろう。

(プレゼントか……)

 羽鶴の撃った弾は丸々とした文鳥のぬいぐるみの腹に弾かれた。

「お、当たった」
「あれは重心低いなあ……」
「いやあのふてぶてしい表情、当てれるだけで相当面白い」
「何気に発散してるよな羽鶴」

 言っている間に二発目を腹に弾かれた羽鶴は白いずんぐりむっくりの黒い眼をじっと見つめる。うん、似てる。相当小生意気。
 三発目はずれて固い嘴に当たり、弾かれた弾は万華鏡に当たりぱたりと倒してしまった。

「兄さん今の有りに入る?」

 もはや笑いすぎで腹が痛いらしい店主はおまけでいいと万華鏡をくれた。すかさずジャッジをかけた黒猫赤メッシュは残りの二発で文鳥ぬいぐるみを倒すと羽鶴へ渡した。

「榊って本当になんでもできるな」
「楽しさ倍の力」
「ほう」

 射的の屋台を後にして、猫耳撤去権を賭けてじゃんけんをしながら帰った。長いあいこラリーの末、勝ったのは笑いすぎて涙目の黒髪赤メッシュである。

「羽鶴は帰るまでつけたままな」
「覚えてろよ元黒猫」

 何気に門前まで送ってくれた榊は笑って手を振ると帰って行った。手を振り返した羽鶴は門を通ると朗らかな声に瞬く。玄関を開けると同時に向けられた金の眼と薄紅梅の瞳はどちらもきょとんとしていた。

「おかえりなさいませ羽鶴様。随分早かったのですね……?」
「おお少年遊んできたな? 可愛いことになってるぞ〜?」
「え? は、ただいまっ!! これはぁ!! なりゆきでえっ!!」

 早急に白猫耳を外した羽鶴はけらけら笑う鉄二郎と柔らかに笑う宵ノ進に顔を赤らめた。

「学校が今日は花祭りだからって早く終わったんだ。お昼は食べたよ。今日も美味しかった」
「ふふ。それはようございました。羽鶴様、お店はお休みですからゆるりとなさってくださいまし。雑務はわたくしが引き受けておりますゆえ。皆休んでおりますよ」
「わかった、ありがとう。榊喜んでたよ」

 靴を揃えた羽鶴はぱたぱたと奥へ行ってしまう。それを和やかに見ていた宵ノ進は鉄二郎に向き直ると、ほころぶように笑った。

「可愛らしい方にございます」
「俺は宵ノ進がいつだって一番だぜ!!」
「てっちゃんはいつもそのようなことばかり仰る」
「心のままにがいいと思ってるからな! それで、花祭り。二人で行かねぇかぃ?」
「…………。ええ、参りましょうか。雑務がありますゆえ、夕刻からになりますけれど」
「よし決まりだ、夕方辺りにまた来るからよ」
「御足労を……」
「いいんだそういうのは。待ち合わせるより迎えに行きてえ」

 けらけら笑って鉄二郎は賑わう外へと歩いてゆく。
 ぽつりと見送った宵ノ進は視線を折った膝元に移した。

(お土産、渡し損ねてしまった……)

 自室に置かれた紙手提げに入れたままの茶筒を浮かべては気取られぬ程度の溜息が漏れる。なぜだろう、喜ぶ姿が浮かばない。

(…………)

 振り払うようにすっと立ち上がった宵ノ進は、厨房の方へと歩いていった。











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