籠屋本編 | ナノ

二.花と貴方へ
76.留守




(朝日め帰ったら覚えておいでよ)

 つばの広い青い帽子を被り、水色のワンピースに同系色から白へとグラデーションの効いたカーディガンを羽織った大瑠璃は巾着を引っ提げて和の町並みを歩いていた。
 人通りの薄い裏道を選び、踵の広いヒールで歩くも頭の中は籠屋を出るときから溢れる文句が止まらない。
 そもそも非番である。昨日は虎雄と幼馴染みのお願いで久しく出たまで、そうそのどちらも今不在で昼からの料亭が始まると誰も手が空かない故、妙にテンションの高い朝日に煽られながら元看板が忘れた弁当を届けに歩かされているなどと。
 こんな日に限って快晴、見事な秋晴れ。もう曇りでいい。帰ったら朝日は絶対絞め上げる。

(地味に遠い……)

 裏道を選んでいるせいもあるが旧知の客に捕まるよりは遥かにましである。目に涙を溜めて膝をつき両手を取って再会の感動をひたすら述べられるのはもうごめんなのである。
 帰りに寄り道しようかな、なんて考えていると後ろから悲鳴が聞こえた。

「なんて日だ全く……」

 聞き覚えのある声を無視して歩き続けるとそれは叫びながら行く手に躍り出る。

「ぎゃああああああああああ大瑠璃!!! 大瑠璃!!! なんで?! 会いたかった可愛い洋服も可愛い〜!!!」
「うるさいよ夏馬。叫ばないでよ。目立つの嫌」
「こんな可愛い大瑠璃すぐわかっちゃうよ! お出かけ? 俺とデートしよ!!」

 橙色の眼を輝かせて至福と言わんばかりのいい笑顔で話す快晴にも似た露草色の髪の男は声も大きい上に派手な和装である。結い上げた髪がはしゃいで動く度に揺れ、首飾りまでもをジャラジャラ音を立てる程にせわしなく、底無しなのではと思うほどに元気なこの御得意様は一切の遠慮がない。
 杯夏馬。あの物静かな兄に連れられて初めて料理を食べに来た日がガチガチに緊張して一番大人しかった。

「……あれ? 大瑠璃……髪、結ってるんじゃなくて短くなっちゃってるけどどうしたの……」
「ストーカーにくれてやった」
「うええええええええそんなラッキーストーカー絶許!!!」

 遠い眼をしている大瑠璃に構わずぎゃんぎゃん騒ぐ夏馬に、大通りからの人の気配が向くと内心で舌打ちした大瑠璃は早足で歩き出す。


「夏馬、騒いだらもう二度と会わない」
「辛辣!! ええ〜撒けばいいじゃん〜」
「撒くのが面倒で裏道を通ったまではわかるな?」
「いだだだだ痛い!! でも嬉しい痛い!!!」

 早足で歩きながら夏馬の耳をぎりぎりとつねった大瑠璃は入り組んだ道へと入ってゆく。移動しながら人の気配を探り、だいぶ歩いた後建物の影、低い石塀に腰を下ろした。

「……鶴がお弁当忘れたの」
「うわああ羽鶴君うらやましい!! こんな可愛い大瑠璃が来たら俺ならその場で抱き締めちゃ……ぎゃあああごめんなさい!!」
「静かにしろって言っただろうが」
「内緒話をする時は顔が近い方が話しや痛い!!!」
「声の落とし方はわかるな?」

 真顔で夏馬の剥き出しの脛と頬をつねった大瑠璃は、日差しを受けてきらきらと輝く露草色の髪を映しては、視線を足元に落とす。艶々の水色のメリージェーンに真っ白な脚、水色のワンピース。ああ本当に、何をしているんだろう。

「ていうかさ、大瑠璃そのかっこじゃ俺みたいに大瑠璃大好きな人にはすぐわかっちゃうんじゃない? 輝きが違うもんね! いい匂いするもんね!」
「そんなにわらわらいてたまるか。こっそり届けて帰るだけなんだから」
「手紙屋の兄ちゃんが言ってたよ、大瑠璃宛ての手紙は全部突っ返されるから泣き言言われるって。だから俺は直接渡しに行くけどね!!」
「読む前に燃やしてるから」
「……傷ついた!! 読んでなかったうえ焼却って!!」
「手酷いのは承知、三度目くらいで燃やすことにした。大体内容がおんなじだし、夏馬の場合話した方が早いんだから」
「そのくせ会ってくれないじゃん!! 全然!! 毎日でも会いたいの!!」
「ごめんな始終べったりは耐えられないんだ」
「う〜〜〜俺だって怒ったからな! ちょっと来て!!」
「は、何」

 むくれた夏馬は大瑠璃の手首を掴むとずかずか裏道を歩いてゆく。歩く度に高い位置の髪が左右に揺れ、普段騒がしいことこの上ない口は何も発せず、強く引く手の高い温度と抵抗を許さぬ指に背中を眺める他を諦めた。
 癇癪はあれど怒るなどなかった夏馬は気立てがいいが、遂に怒らせてしまったか。そうなるようには振る舞っていたけれど。お前も離れていけば、引き寄せ刀に狙われずに済む。

(手紙は言い過ぎたか。目を通してから焼いているけれど)

 それにしても案外腕力もついたものだ。初めて食事に来た時は、あんなに緊張して小柄な幼い印象であったのに。
 大瑠璃がまだ座敷に出ていた頃からの顔馴染み。年上なのだが、手のかかるところは変わりないようで。

(手のかかる年上ばかりだなあ……)

 ぼんやりと腕を引かれる大瑠璃は、霞む秋空に目を細めた。




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