※巣山くん視点

深爪22話あたりのはなし

朝練が終わり、内野に敷いていたベースを片付けていたときのことだった。集めにきた栄口が、オレの斜め前に座る女子の名前を呟いた。土を踏む音や誰かの掛け声でその声は霞んでいる。ひとりごとでもおかしくないような心許なさで言うから一度は流そうかと思ったけれど、栄口は無駄なことはしないしその名前に興味が湧いたのもあり、聞き返してみた。

「昨日告白したんだ」
「は?!返事は?」
「聞く前に逃げてきた」
「そうか……」
「だって水谷が振るから。困ったもんだよ」
「水谷が振った?!」

栄口から久しぶりに聞く彼女の話が、ここまで怒涛の展開だとは思わなかった。思い返せば入学式後の自己紹介で、口ごもってしまった彼女を助けていたから後日聞いてみたら、同じ中学でも3年間違うクラスで話したことはない。向こうはオレのこと知らなかったよと笑っていたのが最初で最後だと思う。その後は一友人として見守るだけだったけれど、体育祭での一件もあり彼の想いはうすうす感じていた。後ろから見るふたりはとてもお似合いだったし、付き合うのも時間の問題だろうなと勝手に思っていた。

そこにぶち込まれたのがあの栄口と水谷の口論イン部室事件だ。水谷はモテんだなあと他人事のようにつぶやいた田島とは裏腹に、クラスでのふたりを知るオレはきっと誰よりもショックを受けていた。栄口よりもだ。次の日は彼女の秘密を知ってしまったような気がして、目を合わせられなかったのは青くさい話として見逃して欲しい。

話を戻して、教室に入り朝礼前のふたりを見てみればなるほどぎこちない。休み時間も彼女が席にいないのだ。それが何日か続き、見ているこっちが辛くなってくる。楽しげに笑うふたりがいないのは、オレの日常生活にも支障をきたすくらいの大事だというのをわかってもらいたい。もう本当、いつまで続くんだ、これ。



▽▽▽



休憩中は皆ベンチ付近でご飯を食べたりストレッチをしているのに、その日は栄口だけいなかった。誰に聞いてもその行き先を知らない。変だとは思いつつ、どうしようもないからおにぎりを口に詰め込んで待つ。休憩後は内野の守備練習だからいろいろ話したかったんだけどな。彼が戻ってきたのは遅刻まであと数秒のところで、まるで何事もなかったように混じろうとしている。何か一言あってもいいだろ。面白くなくなったオレは、それを隠せないまま彼を呼び止めた。

「何してたんだよ」
「OKもらってきた」
「……は?!今?!」
「そ」

オレが主語を探している間に、当の本人はボールを持って駆けていく。にいっと笑顔を向けたきりで、いつもと変わらないボールを投げてくるのだ。全く人の気も知らないで。

友人の想いが報われたことは単純に嬉しく思う。どうしようもない姿ばかりを見ているオレからしたら全くわからないが、モテると噂の水谷相手によくやったと褒めたいくらいだ。そしてようやく、オレの日常にも平穏が訪れるらしい。できることならそれが長く続くことを祈って、いつもと変わらないボールを返した。




27話あたりのはなし

「巣山くん、あのこれ、野球部の皆で食べて」

そう言って彼女は紙袋に詰まったチョコレートを差し出した。昼休みの時点では栄口は何ももらっていないと言っていて、午後も席から動かずオレと喋っていたから、渡すタイミングなんてなかったはずだ。「野球部の皆で」なんて曖昧な言い方を聞き返せなかったのは、オレのせいにはしてもらいたくない。

「これ10個あるけど誰の分?」
「篠岡がもうもらったんなら、栄口以外のオレらじゃねー?あと1個はモモカンに」
「でも栄口もらってないだろ」
「え、そうなの?じゃあ栄口のも入ってんの?いやそれはないだろ!」
「でも本人帰ってるし」
「調理部なんだろ?義理でも手作りなんだから本命は別にあると思うけど」
「だからもう帰ったんだってば……オレにも1個ちょうだい」

オレらの説得もむなしく、他と同じ包みを受け取って下がり眉で笑う。惚れた弱みとでもいうのか、最近の栄口は彼女に対して一歩引いている節がある。らしくないとは思うけれどオレにできることなんて何も思いつかない。

「でもこれを巣山に渡したってのが腑に落ちないよな。なんて栄口じゃないんだろ」
「あ、家に忘れたとか?取り急ぎ義理チョコだけ巣山に渡して、今急いで持ってくるんじゃ」
「学校だと人の目もあるし、家に届けにくる可能性もなくはない」
「そうだよ、24時まではバレンタインデーなんだから」
「いいよ、ごめんな気遣わせて」

重苦しい空気に耐えられずとりあえずチョコレートを口に含むけれど、舌鼓を打つ余裕はなくただ無心に溶かしていた。そんな中離れた場所で作業していた篠岡が栄口を呼びに来るから、彼のみならず全員が顔を上げる。視線の先には小さな紙袋を抱えた彼女が顔を覗かせていて、ようやくその味がわかるようになったのだ。

覚束ない足取りでグラウンドを出て行く栄口の背中が見えなくなると、どっと沸いたような騒ぎになる。野球部唯一の彼女持ちにかかる期待は、俺の予想をはるかに超えていた。田島なんかはもう飛び出しそうな勢いで待ち伏せている。5分足らずで戻ってきた彼の表情は、意外にも曇りぎみだった。いろいろ聞き出そうと思っていたのに、その顔だけで誰もが全てを悟り沈黙が訪れる。うっかりして目が離せない。怪訝そうにオレたちを見渡した彼は、オレに焦点を絞って聞いてくる。

「……オレの顔に何か付いてる」
「左のほっぺた」
「え?わっ、嘘でしょ?!」

そう言って付いてると返される場面って、世の中にどれだけあるのだろう。触れさせた手の甲を見て理解したようで、慌てて両手で拭い出す姿が可笑しい。花井が練習再開だと促すから並ぶものの、光り輝く顔に全員が吹き出すのを堪えていた。1年間共に生活してきたけれど、栄口がこんなになるの、初めてなんじゃないか。

「……栄口くん、その顔は何」
「え、っと、け、化粧品です」
「今すぐ洗い流してきなさい」
「すみません!」

監督はバレンタインか、なんて呟いているから多分バレている。いつも落ち着いていて物事は俯瞰で見るような彼も、彼女には翻弄されるのかと思うとちょっといい気分になれる。難しいことはわからないけれど、どうかこれからも、オレの平穏をお願いします。


20161116
Thank you for 4th anniversary!

ぱんださまへ
「深爪番外編(栄口くん以外の視点で)」という内容で書かせていただきました。誰視点にするか悩んだのですが、1番ふたりを近くで見ている巣山くんに出てきてもらいました。リクエストありがとうございました!これからもよろしくお願いいたします。
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