誘われて始めたファーストフード店のアルバイトも慣れてきて、メニューも暗唱できるしスマイルくださいと冷やかしてくるお兄さん方もあしらえるようになった夏の終わり。自動ドアの向こうからなじみのある声が聞こえ、思わず目をやると中学の同級生がいた。昔から目立っていたあいつは高校の部活仲間の中でも相変わらずうるさい。見つかったのが運の尽きで、久しぶりだし話そうぜ!なんてあっけらかんと言うのが店長に聞こえたらしく、意味深な微笑みとともに早上がりさせられてしまった。テストまでにもうちょっと稼ぎたかったんだけどな。ここまでお膳立てされてしまってはただ帰るわけにもいかず、角の席で申し訳程度に参考書を広げる田島たちのところに向かった。

「……来たよ。久しぶり」
「おー!座って座って!どこ高だっけ?」
「川女。そっちは西浦?」
「よく知ってるねえ!家目の前でさー」

彼のことを知っているのは、ただ彼が有名人だったから。西浦に行ったことなんて学年全員が知っているし、なんなら夏の5回戦だってテレビで見た。それに引き換えわたしはしがないクラスメートのひとりで、彼の記憶に残っていたことだけでもお釣りがくるくらいだ。内心嬉しく思っていたけれど、当の本人はわたしと二言三言交わせば満足したようで、見覚えのある確か投手の人と知らない話題で盛り上がっている。英語の教科書は閉じられたままだ。立ち話ならまだしも、席に着いてしまった以上すぐ帰るのも格好がつかない。知らない男の子たちのなかに混ざるのがどんなに心細いのか、きっと考えもしていない彼にため息をこぼし、ゴムのあとがついた髪の毛を指先で巻いた。

「田島に呼ばれたんだよね。ごめん」
「あ、いえ……」
「今日は何時からバイトだったの?」

そのとき隣にいたのが栄口くんだった。見るからに人の良さそうな彼は見ず知らずのわたしにも話を振ってくれて、お母さんが心配するから帰るという口実が通るだけの時間を稼いでくれた。帰り際に袖を引かれ何かと思うと、連絡先を教えてほしいと言ってくる。ふわふわした笑顔は天然物としか思えないのだけれど、その言葉は有無を言わせてくれない。されるがまま交換したらメールが来るようになり、夜に電話をしたり彼がひとりで店に来るときもあった。たぶん、友だち以上だった。



▽▽▽



「いらっしゃいませ、あ」
「こんばんは。田島のメール見た?返事してほしいって」
「……見たけど、わたしは乗り気じゃない」

あの再会から田島とも連絡を取り合うようになり、合コンやろうぜ!と連絡がきたのは数日前のことだった。誰が行くのか聞くと、クラスのやつとかヤキューブテキトーにという返事。栄口くんかとはさすがに聞けなかったけれど、彼は優しいから人数が足りないとでも言われれば行ってしまうかもしれない。わたしの友人たちにそんな話があると話してみても割と興味津々で、可能性が少しでもあるなら、恋する乙女的には阻止するしかないのだ。気恥ずかしくて目線を合わせられない。今日のわたしは接客マニュアル1ページ目から不合格だ。そんな苦労をよそに、彼はカウンターでまだねばる。

「もしかして田島のことすきなの」

喉元まで出かかった反論の言葉を寸前で飲み込んだ。電話をするのも直接会うのも栄口くんだけなのに、わたしばかりが空回っていて悲しくなってくる。どこをどう見たら田島がすきに繋がるのか、教えてほしいくらいだ。自動ドアの開く音でふと意識が戻る。あまり喋っていても怒られてしまうし、ここは店員の威厳を見せるところだと思い早口で続けた。

「ご注文をどうぞ」
「スマイルください」
「たった今売り切れました」
「じゃあいつもので」
「本日より新発売たらこソースバーガーセットですね」
「いやそれ高いし!オレ魚卵苦手なの知ってるくせに」
「1260円になります」

涙でぼやける目は帽子のツバで隠したけれど、震える声はばれていないだろうか。もちろん彼が魚卵が苦手なことくらい知っている。だけれど乙女心を踏みにじった代償は大きいのだ。店長に新商品はおすすめするように指示されているからと、むちゃくちゃな理屈もこねたわたしは、唇をきゅっと結びレジに打ち込んだ。

「あーもう、わかった。それにしてよ」
「店内でお召し上がりですか」
「持ち帰りで。店員さんも一緒に」
「はっ……」
「意地悪しすぎた。ごめんね。誰か食べてくれないと、オレ地球にまで優しくない奴になっちゃう」

目が合った彼は相変わらずのふわふわ笑顔で、多分スマイルくださいの正解はこれなんだろうなと、辛うじて仕事中の意識がある思考回路によぎる。不合格のわたしは勝手にむくれて、バックヤードから送られてきた紙袋を無言で差し出した。

「……優しくない自覚はあるんだ」
「あるよ。合コン呼ばれてるんだけど、どうしたらいいと思う?」

彼は不敵な笑みを浮かべて、なんて言えたらわたしの気持ちも少しは収まるのだけれど、あくまでも彼の笑顔はまるで子供のような天然物なのだ。ここまでくるとさすがに諦めがついて、彼の手のひらの上で転がるのが楽しくなってきてしまった。優しくないのはわたしにだけでいい。どうやらハンバーガーが冷める前に、彼の胸に飛び込まないといけないようだ。


20160710 title:花洩
Thank you for 4th anniversary!

さゆさまへ
「腹黒な栄口くんに追い詰められる」という内容で書かせていただきました。彼が合コンなんて行ったら酔っ払う3枚目たちを尻目にドリンクのオーダーとか取りながら落ち着いてきたところで「オレこういう雰囲気慣れてないんだ」なんて言い出してちゃっかりアドレス交換して次の日女子全員から連絡がくるタイプです。阻止しましょう。リクエストありがとうございました!これからもよろしくお願いいたします。
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