06

今日は朝からご機嫌だった。どれくらいかというと、教室に入るなり友人たちに何かあったんでしょと囲まれるくらいにはご機嫌だった。彼女たちにはゆっくり聞いてほしかったから昼休みに話すねと言い席につくと、わたしはすぐ隣を向いた。

「あのね、」
「あのさ、」

言葉が重なり視線も合わさって、わたしと栄口くんはどちらともなく吹き出した。そっちからどうぞ、いやいやそっちから、という押し問答の末折れたのはわたしで、息をひとつ吐いてから口を割った。

「夏大の初戦、桐青なんでしょ?」
「え……ああ、うん」
「去年の優勝校だよね、応援しにいくからね!」

彼はわたしの期待とは裏腹に、肩を落としたように固まった。何かまずいこと言ったかな。部員は10人だけだからレギュラー落ちなんてことも無いだろうし、去年の優勝校だからって最初から諦めてるっていうのも違うと思う。第一、もしそうだとしても栄口くんはわたしに気を使って笑顔を見せてくれるような、そんなひとなのだ。彼の思考が読めなくて頭をぐるぐるさせていると、彼はふと気がついたように笑った。

「オレもそのこと言おうと思ってたんだよね。だから、びっくりして」
「あ、そうだったんだ」
「誰から聞いたの?」
「水谷!ミラクル起こすから見に来てって言われたの!」

実は、わたしがご機嫌な理由はこれなのだ。昇降口で水谷とばったり会い、興奮冷めやらないようすで教えてくれた。あの笑顔でそんなこと言われたら、たいていの女の子は期待してしまうんじゃないだろうか。他人事のような口振りのわたしも例外なくそのうちのひとりなのが悔しい。このときめきを思い出してきっとわたしは気持ち悪いにやけ顔を浮かべていたんだろうけど、彼は頭を抱えて机に突っ伏せていた。

「さか……えぐちくん?」
「……くん付けしないで」
「え」
「オレも呼び捨てがいい。さかえぐちくんって、長いでしょ」

ぱっと振り向いた彼はいつもどおりの笑顔で、わたしは一安心した。オレも、というのは水谷のことを指してるんだろうな。わたしが水谷と呼び始めたのは先週のことで、めぐがそう呼んでいたからわたしも便乗しただけだ。水谷を呼び捨てにするのはすごく楽だったけれど、栄口くんからくんを取るのはなんだか気がひけてしまう。でも彼が言うなら、いいんだよね。

「オッケー栄口ぃ、今日の古典もよろしく頼むぜ」
「なんかノリまで違うし!」

昼休みはやっぱり囲み取材になってしまい、わたしはためらいながらも水谷が気になるかもと告げた。話してて楽しいのは確かだけれど、それはバンドのことを語れるのが彼だけだからかもしれないし、ただの友だちと言われても今は満足だ。何か決め手がほしいよねと友人に言われ、妙に納得してしまった。その帰り道、水谷が向こうからばたばたと走ってきた。よく見ると後ろに阿部くんと花井くんを従えている。急いでるみたいだったから端に寄ったら、彼は急ブレーキをかけてわたしの目の前で止まった。

「あ、深田!」
「どうしたの」
「赤シャツ!ライブやるってよ!」
「え!ほんとに!」
「9月にあんの!行こうよ!」
「行く行く!わあ、わたし初めてだよ!」
「おい先行ってんぞ」
「待ってってばー!じゃああとでいろいろ決めよ!」

移動教室のようだった彼はふたりのあとを追いかけながら去っていった。わたしはもうご機嫌なんてもんではなく、世界一のしあわせ者だとさえ思えるくらいだった。水谷からライブのお誘いがきたのだ。友人たちと大はしゃぎしたあと席についたらすぐ隣を向いて、そのままのテンションで話しかけると、とりあえず落ち着いてとたしなめられた。

「そんな勢いだと、水谷のことすきみたいだよ」
「……栄口にはそう見える?」
「え…ま、まあ、見えなくはない…かも」
「……そっかー!じゃあそうなのかな!」

栄口の言葉はわたしの胸の奥を揺さぶらせた。今まで迷っていたけれど、他のひとからみてそう見えるなら、きっとそうなんだろう。

「秘密ね!」
「う……ん」

すきなひとが、できた。それからのわたしは「恋は盲目」を具現化したようにただただ一直線で、水谷のことしか頭になかった。

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