04

とある日曜日に西浦高校の前をとおりかかると、グラウンドで練習試合をしていた。いかにも青春!な掛け声に誘われて、わたしはフェンスをのぞいた。西浦は守備のようだ。バッターが打ったライナーは三遊間を抜けるかと思ったけれどショートの好プレーでアウトになった。スライディングしてたけどすりむいたりしないのかな。そのショートが誰なのか、後ろ姿だけではわからなかった。どうやらスリーアウトで攻守交代らしい。もう今日は何も無いしせっかくだから見ていこうと思っていたら、選手たちはみんなトンボを持ってグラウンド整備を始めた。もしかして今ので試合終了だったのかな。西浦の活躍を見たかったけれど残念。フェンスから指を離して帰ろうとしていたところだった。同じクラスの巣山くんがわたしに気づいてくれた。出席番号が栄口くんの次でわたしのななめ後ろに座っている彼は、硬派で口数が少ないイメージだったけれど、声をかけてくれたことに嬉しくなる。その右側にだけまっすぐのびた泥のあとを見てふと気づいた。

「巣山くんショート?」
「ああ」
「さっきのすごかったよ!かっこよかった!」
「あんがと。見てたの?」
「うん。今来たばっかりなんだけど、終わっちゃった?」
「あーこれ5回終わってのグラ整だからあと4回あるよ」
「じゃあ見てる!がんばってね!」
「……ちょっと待ってて」

彼はベンチの方に駆けていった。まだ他のみんなはトンボをかけているけれどいいのかな。なんとなく手持ち無沙汰でグラウンドを眺めていると栄口くんと目が合った。帽子を被っているしユニフォームだし、わかりにくいけれどあれは確かに栄口くんだ。頭の上で手を振ると、きょとんとしながらも小さく手を振り返してくれた。

「深田、今監督に聞いたらベンチで見てていいって」
「ええ?いや、そんな厚かましい、」
「いいから。向こうの入口から入って」

巣山くんに促されるままに入口へ向かった。ぎい、ときしむ音がグラウンドに響き、西浦のひとも相手のひとも一斉にわたしを見た。ちなみにわたしの服装は花柄のワンピースにヒールのあるパンプスだ。場違いにもほどがある。

「す、巣山くん!わたしやっぱりお邪魔だからさっきの場所で、」
「大丈夫」
「いやでも、」

必死に抵抗するけれど現役の高校球児に敵うわけもなく、わたしは巣山くんに引きずられるように連れていかれた。ベンチには志賀先生と千代ちゃん、それに見たことのない綺麗な女のひとがいた。

「こんにちは!監督の百枝です!」
「こ、こんにちは深田です」
「よろしくね!今日は暑いからね、見るなら日陰で見て欲しいのよ」
「すみません突然お邪魔してしまって……」
「いいのいいの!そこのボトルにスポーツドリンクはいってるから自由に飲んでね。熱中症には気をつけて」

気さくで人あたりのいい美人だった。いまどきの野球部の監督は女性もいるのか。千代ちゃんのとなりに座り涼んでいたら、グラウンド整備を終えたみんなが帰ってきた。

「巣山サボりー!」
「ごめんごめん。試合のあとのグラ整で働くから」
「あっれー、誰?」
「同じクラスの深田。外で見てたから連れてきた」
「は、はじめまして」
「はじめまして!オレ田島!9組!誕生日は…」

4番バッターだという田島くんはとてもパワフルでその勢いに圧倒された。ほかにも見慣れないひとが何人かいたけれど名前を聞く暇も無く試合は再開された。1点ビハインドで迎えた6回表、西浦の攻撃は7番の水谷くんからだった。結果は空振り三振だったけれど本人は至って落ち込む様子もなくへらへらしていたから、花井くんに締められていた。次に打つのがエースで9組の三橋くん。次がキャッチャーの阿部くんで、その次から先頭にまわり1番バッターは9組の泉くん。3塁コーチャーにいるのが3組の西広くん。やっぱり3、9組は知らないひとばかりだ。栄口くんの声に目を合わせながら覚えようと思ったけれど、ユニフォームの壁は高かった。三橋くんはセカンドゴロでアウトになり、バッターボックスには阿部くんが立った。その大きく頼もしくなった背中になんともいえない感傷が襲った。中学のころはもっと髪が短くてたれ目でどちらかというとかわいい系に属していたのに。その阿部くんはヒットを打ち一塁に進んだ。すると真横からいきなり「ナイバッチー!」と聞こえてきた。びっくりしたけれどその青春!のなかにわたしもまざりたくなった。

「わたしもそれやりたい」
「え?ナイバッチって?」
「うん!」
「いいよーこう腕を上から振り下ろす感じで、」
「栄口!ネクスト!」

栄口くんは慌ててベンチを出ていった。空いたわたしの右どなりには水谷くんがやってきた。

「よっす深田ー。今日なんでこっちきたの?」
「ただのおつかい。あ、赤シャツのシングル決まったよ!」
「え、うそ!いつ発表されたの?」
「2時間前くらい!今公式サイトが豪華になってるから帰ったら見てね!」
「見る見る!やったね半年ぶりだ!」

回りに趣味が合うひとがいないから、水谷くんと話すときはどうしてもテンションがあがってしまう。グラウンドではフォアボールで泉くんが出塁して2死一・二塁となった。このふたりがホームインすれば逆転という場面だ。ネクストバッターは栄口くん。わたしもみんなに混じって栄口くんにエールを送った。白球は気持ちのいい音と共に右中間を抜けていった。阿部くんと泉くんが生還し、栄口くんの記録はタイムリーツーベースヒットとなった。

「せーの、ナイバッチー!」

初めてのわたしの声は栄口くんに届いたかな。二塁ベースでガッツポーズをとる彼がまぶしかった。西浦はこの1点を守りきって勝利を収めた。栄口くんが決勝点をいれたんだ。千代ちゃん情報によると、今のところ練習試合は全て勝っているらしい。一年生しかいないのにすごいと思う。

「やっぱ女子の声あると雰囲気違うね!篠岡はスコア書くのに精一杯だもんな」
「つか深田マネジやってよ!篠岡ひとりじゃ大変そうだし」
「なんか部活やってんの?」
「ち、調理部……」
「んじゃ空いてるときだけでいいからさ!な!」

そう言うのは先程覚えたばかりの田島くんだ。綺麗な目をキラキラ輝かせながら迫ってくる彼を花井くんが羽交い締めにすると身長差もあってかあっけなく捕らえられ、隅のほうでお叱りをうけていた。

「花井くん、そのへんにしといたら…」
「あーこいつらいつもこうだから気にしなくていいよ」
「ほ、ほんとに」
「うん。でもまあ、オレも深田がマネジやってくれたら嬉しいなあ」

水谷くんはまたいつものようにへらりと笑った。きっと他の女の子にも同じこと言うんだろう。そしてわたしもまたそんなこと言って、とへらりと笑い返すのだ。

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