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キャンプストームへの点火も無事果たし、今年の文化祭は幕を閉じた。本格的な撤収作業は後日のため、簡単に片付けを済ませ校庭の隅で軽い打ち上げをしていた。涙目の委員長に「来年は君の番だ」なんて言われ苦笑いでごまかす。もうこんな、時間に仕事に追われる日々はこりごりだ。高校生活で一度くらい、というわたしの望みは十分満たされた。委員長からかけられた言葉をそっくり後輩に回し、つれないと軽い非難を浴びていると、お待ちかねの彼が自転車を携えて現れる。そりゃあそうだ。わたしなんか、彼への想いに比べたら誰にだってつれない女だ。

この後彼がどこかに連れて行ってくれるというのは、ステージの上で宣言した周知の事実なのだ。委員会のメンバーはもとより、通りすがった在校生たちからも好奇の視線を浴びながらも、開き直って彼の腰に腕を回した。頭の中で、あの日の光景が上書きされていく。そういえばあの子は今日さっぱり見かけなかった。居なくていいときに居て、居てほしいときには居ないのだからうまくいかない。着いたのは町の北にある公園だ。近代美術館も敷地内にあるから、遠足や校外研修でもたびたび訪れていた場所でもある。しかし日が落ちてから来たことはなく、意外にも人が多いことに驚いた。彼は公園の中心部へと続く人の流れから外れ、穴場とも言えそうなベンチへと連れて行ってくれた。下調べのおかげだねと笑うと、冗談交じりに小突かれた。

「今から何かあるの?」
「そう。もう少し待ってて」

腰掛ければ公園のシンボルである噴水と、そこに集まる人々がよく見渡せた。カップルの姿も多く見え、デートスポットとしては定番な場所らしい。わたしたちは、デートというにはどこか堅苦しい。控えめな電車の音と、風にそよぐ木々の織りなす公園特有の静けさは、これからの出来事に最適な空間を提供してくれているようにさえ思えた。

「勇人はわたしに我慢してることあるよね。わたしもある。だから、今日きちんと決着つけたいと思って」

なんでもない秋のある1日が、わたしたちにとっては区切りの日になる。何かを終わらせるのに相応しい日だ。心許ない街灯だけでは、彼の表情をうかがうことはできない。それをいいことに、わたしはさらに言葉を続けた。

「前に『すきでもない子を後ろに乗せたりしない』って、言ってくれたよね」
「……うん」
「それと、今回の件は、関連があるのかと、思いまして……」
「……ないよ。本当はえりかちゃんも自分の自転車で行くはずだったんだけど、パンクしたって言われてああなった」
「そっか」
「……あー、覚えててくれたのに、本当オレ何やってんだろうな。ごめん」

優しいひとなのだ。鎌倉遠足で足をひねったわたしに肩を貸してくれたのと同じように、困っているひとがいたから助けた、ただそれだけだった。問題はそこではなく、例えばこれが千代ちゃんだったなら、まず先に何か事情があったのだと考える。相手があの子だったから、ここまでこじれてしまったのだ。彼はあの子の想いを知らない。

「わたしね、えりかちゃんに『恋愛が早い者勝ちなんて思わないでください』って言われた」
「え、どういう意味……?」

他人の矢印には敏感なのに、自分に向いたそれには呆れるほど鈍い。基本的に、自分が異性に好意を持たれる対象だとは思っていないのだ。わたしのことも騙した相手で、まるで自分が加害者のような言い方をする。女の子に興味はあるくせに。付け入るならそこかと、この1年やられっぱなしのわたしは彼譲りの狡猾さでそんなことを考えた。

彼が思案している間に、視界がぱあっと明らんだ。中央の噴水がライトアップされたのだ。軽快な音楽とともに鮮やかに色彩が変わっていく様子は、なかなか見応えがあり楽しかった。

「花火、間に合わなかったから。代わりにはならないけど」

あの散々だった夏祭り。人波や破裂音も何もない、ふたりきりの空間がここにはあった。あの日だって、別にいい位置じゃなくてよかった。彼とふたりで見られるなら、駅のホームでも、屋台に並びながらでも、それこそ家の前の道路だってよかった。

「……ストラックアウト、行かないでって言ってたら、そうしてくれた?」
「……そりゃあそうですよ。オレなんか、ずっと深雪と一緒にいるつもりだったんだよ」
「や、野球部の集まりにお邪魔しておいて、そんな図々しいこと、言えない」
「……あの夜の一瞬くらい、ばっくれたってバチは当たらないよ。言ってくれたら勾引かしたのに」

彼はときどき、とんでもないことをさも当然のように言う。告白にしろ、プロポーズ紛いの言葉にしろ。垢抜けた言葉で、わたしの心を掴んで離さないのだ。一瞬なんて冗談じゃない、1年前からわたしは彼しか見ていない。

「勇人に言えてなかったことがあるの。わたし進路選択変える」
「え」
「夏休み中に先生とも話し合って決めたんだ。2年生のうちはわたしが教室移動する形だけど、来年は絶対に違うクラスになる。多分、水谷と同じ」

その名前を出した途端、勇人のまとう空気が変わったのがわかった。彼は誤解している。確かに水谷はこの一連の出来事に関わる重要参考人ではあるけれど、罪人ではない。彼に救われたことなんか山ほどある。悪者は、わたしでなくてはいけないのだ。

「……オレは、告白されて振った相手と元通り、とかそれ以上に仲良くなるとかさ、きっとできない。まあそれはふたりの人徳だと思うけど。オレは心が狭いから、彼氏はオレでお前は振った立場なのに、なんでそんなに近いのって気持ちはあった。もちろん深雪に対しても」
「……うん」
「早い話が嫉妬だねえ。そんなこと、向こうは何にも考えてないのにね」

まるで自分に言い聞かせるように、精一杯の力でこぼれ落ちたそれは、羨望と諦念を含ませわたしの心にも満ちていく。

「一度はすきになったひとでしょ。いつかそっちに行っちゃうんじゃないかって不安が消えない。本当情けない話だけど」
「……わ、たしは逆で、もう振られてるから、これ以上どうにかなることはないと思って……他の男子よりも気を許してた部分は、あった」

わたしたちはエスパーじゃないのだから、言わなきゃわかるはずもない。驚くほど綺麗に掛け違えた歯車がいつの間にか外れて、どこか他の場所で噛み合っていたなんてとんだお笑い種だ。一度ほどけてしまえば、なんてことはない話だった。

「水谷は、一緒にいると元気になるし意外に周り見てるし、人として憧れる。尊敬もしてる。でもこういうことしたいって思うのは、勇人だけだよ」

口で敵わないなら、塞いでしまえ。いつしか生まれたそんな暴論は、わたしの拠り所であり必殺技のようでもあった。触れるだけのキスがゆるやかに熱を帯び、絡まって、ぐずぐずになっていく。外れるくらいなら、絡まってしまったほうが余程いい。その腕に引かれるまま勾引かされたい。彼の思い通りになりたい。所詮わたしの想いなんてこんなものなのに、一体どうしたら彼に伝わるのか、蕩けた頭で必死に考えていた。甘く啄めば彼のくちびるにわたしの歯型が付く。少しの間外れていたって、噛んだらはまるものなのだ。そういうふうに、出来ているのだ。これから始まる再びの季節も、ふたりで魔物に飲み込まれていく。

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