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たぶん今までの人生のなかで一番注目を浴びていた。告知していた最終候補者ではなく、こんな浮かれたコンテストになんか絶対に参加しないような、言ってしまえば地味なわたしたちが何故かグランプリの称号を掲げている。見方によってはおもしろいのかもしれない。時折握手や写真を求められながら、先ほどとは違う意味でいたたまれなくなってきた。わたしでさえまだふわふわと、夢の中にいるような瞬間が、名前も知らない誰かのスマホの中に残るのかと思うとむず痒くて仕方ないのだ。相変わらず性には合わない。しかし、見せつけたい相手がいるのもまた事実だった。

グランプリには出店で使える金券と、アトラクション系の出し物に待ち時間なしで入れる特権がある。これを各クラス委員に説明したのはわたしだ。自作自演のようでとても居心地が悪い。通りがかりに目を白黒させるクラス委員たちに愛想笑いを返しながら、まずは自分のクラスを見に向かった。

「栄口と深田来たぞー!」
「見てたよ!最高だった!」
「ちょうど1年ってすごいよね!おめでとう!」

2年の階にたどり着けばもはや凱旋パレードのようだった。待ち構えていた同級生たちから入れ替わり立ち代わり言葉を投げかけられ、ただ圧倒するしかない。グランプリの副賞には所属するクラス全員分の食券もあったから、もはや英雄扱いだ。次第に身の丈に合わない祝辞にもたれてくる。勢いに流され勇人と少し離れたところで、仲良しの女の子たちが彼に詰め寄ってるのが見えた。

「ねえ彼氏、まだ名字呼びなの?」
「んー、公私の分別はつけようかな、みたいな」
「もう学校一有名なカップルなんだからよくない?てかステージ上では名前呼びだったよ、栄口くん」
「うっ」

わたしの視線に気づいたひとりが手招きで呼んでくれ、その一端を担うことにした。もう随分前に零した、彼を唯一の名前で呼ぶ子がいるという繰り言を覚えてくれていたのか、次々と援護射撃が決まっていく。わたしは先輩風を吹き損ねたあたりから、彼を名字で呼ぶことはなかった。ついうっかりを装い何度も彼の名前を呼んだ。そもそも「ゆう先輩」が許されて彼女の名前呼びが許されない世界なんて、世の理に反しているのだ。わたしの小さな抵抗に追い風が吹くなら、乗るしかなかった。

「わたしは名前で呼びたいよ、いつでも。第一さかえぐちは長いって言ったの勇人くんですけど」
「……そうだったね」

ばつのわるそうな顔で考え込む彼を、一同結託して見つめる。理詰めが上手な彼の側にいたら、わたしまで上達してしまったようだ。これくらいの意地悪、記念日に免じて許してほしい。駆け引きの末承諾を勝ち取り、彼女たちとハイタッチを交わせば、これがいちばんの副賞のように思えた。わたしのなかでずっと引っかかっていたものがひとつ、ほどけて消えたのがわかった。

その後わたしたちは、半ば無理やりに教室の中へと追いやられた。彼の腕を離せないのは、ここが世界一恐ろしい(スタッフ談)お化け屋敷だからだ。委員の仕事に追われていた分、クラスの出し物にはほとんど関われておらず、全くの未知の世界に足がすくむ。彼も初めはすましていたけれど、あまり得意ではないらしい。「おめでとう」と脅かしてくるクラスメートに「言動と行動が伴っていない」と最もなことを言いながら、わたしを庇いつつ全力で逃げていた。

お化けの猛追を振り切ったわたしたちはグランプリの特権をありがたく使わせてもらい、文化祭をひたすらに楽しんでいた。しばらくぶりのふたりきりの時間が身に沁みていく。1年生の教室が並ぶ廊下を歩けば、調理部の後輩に声をかけられた。サービスしますよ!という朗らかな声に誘われて、ちょうど去年の今日、彼に返事をした教室に足を踏み入れた。

「……いろいろあったねえ」

案内された席は奇しくも、わたしたちが1年間机を並べていた場所にあった。彼は室内をぐるりと見渡しながら、穏やかに呟く。本当にこの教室だけでは収まりきらない、いろいろなことがあった。彼は告白を「だまし討ち」と言っていたけれど、見返りがこの1年ならわたしは喜んで討たれる。太陽が視界を茜色に染めていた。机もカーテンも彼の横顔も、すべてがその色合いに飲み込まれていた。焼けるように情熱的に、それでいて落ち着いたこの色がわたしはいちばんすきだ。瞬く程の眩しさもいいけれど、毎日ではくらんでしまうのかもしれない。そっと髪の結び目に手をやって、この白い花にも同じ色が付いていたらいいなあと、輪郭を撫でた。

文化祭は十二分に堪能できたけれど、わたしたちはまだ帰れない。祭りの最後に火をつける大役が残っているのだ。吹っ切れたのか、彼が手を引いてくれる動作にももう淀みはない。余裕を持って会場のグラウンドへと足を進めていた。

「お、グランプリ」

今日一日何度もかけられた言葉のなかで、その言葉だけがくっきりと縁取られたかのように聞こえたのは、きっと無意識にその声を探していたからだ。心配をかけ続けた彼にいちばん伝えたかった。わたしには伝える義務があった。勇人も気づいたようで、ふたりして同じ方向に振り向く。ウェイター姿の水谷が、柔らかく手を振っていた。

「見てたよ。よかったよかった」
「ありがとう、あの、水谷のおかげで、」
「何言ってんの。オレは何もしてないよ、誤解が解けただけでしょ」
「そ、そうかな」
「そうなの。これからは彼氏がちゃんと役目果たしてくれるから」
「言われなくてもそのつもり」
「はは、オレも保証します!」

そう言い切ったのは水谷で、困惑気味の被保証人をよそに何故か胸を張っている。何日か前にも聞いた、出まかせになりかけた言葉に、きちんと根拠がついた。それが嬉しくて可笑しくて笑うと、彼も笑顔を返してくれる。

「お祝いに好きなの持ってってよ。オレの奢り」
「え、ありがとう!どれにしようかな、いちごがいいかな」
「この券使える?グランプリの景品なんだけど」

水谷が球場の売り子のように首から下げている箱の中には、色とりどりのドーナツボールが紙コップに詰められている。覗き込みながら吟味していると、勇人が券を取り出し水谷に見せたのだ。きっと水谷は券が無くてもドーナツをくれたはずだ。もちろんそんなことは勇人もわかっているはずで、違いはそれが彼の善意でもらったものになるのか、グランプリの景品として、わたしたちの力で手に入れたものになるのか、というところだ。ごくたまに、ふたりの間には入り込めないぴりっとした空気が流れるときがある。わたしはそれが苦手で、察すると一歩引いてしまうのだ。

「あ、うん。使えるよ」
「なら引き換えで」
「了解。じゃあ、これはオレからね!」

水谷は当然のようにいちご味をわたしに、抹茶味を勇人に手渡してくる。わたしも勇人も、ふたつももらおうなんて思っていなかった。しかしこうなったら断る方がかえって不自然だ。なんとなく彼の思惑が外れたことを察知してしまい、鯱張る。こんなときドーナツは口の中の水分を奪うばかりで、何の気休めにもなってはくれなかった。

「水谷いた!ちょっと、まだ残ってんじゃん」
「シフトばっくれた分働けよな」
「わかってるよ!今も買ってもらったとこ、ね!」

突如現れた水谷のクラスメートが、この空気を感じ取ることもなくぶち壊してくれた。わたしには救世主のようにすら見えた。シフトをばっくれたって、一体何があったのだろう。厳密には違うけれど、既に借りがあるらしい彼を、これ以上窮地に立たせるわけにもいかないと思い頷いた。彼は何食わぬ顔でまいどあり、と笑う。祭の終わりはもうそこまで迫っていた。わたしたちに別れを告げ、よりひとの集まる方へと売り込みに行く彼らが完全に見えなくなったのを確認してから、勇人がわたしに向き直った。

「ほんと、かっこいいね水谷は」
「え」
「でもさ。今日はオレを主役にしてよ」

まっすぐな言葉だった。どこからどう見たって、今日の主役は勇人だ。そのままの文字を肩からかけて、大勢のひとに祝われて。それなのにこんなことを言わせているのは、間違いなくわたしのせいだ。思い当たる節が、ないわけではない。きっとわたしがえりかちゃんに抱く感情と、似たようなものを彼にも抱えさせている。わたしたちにはまだ清算しなければならないことが残っている。今年の文化祭の魔物が虎視眈々と息を潜めていた。

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