37

夏祭り当日は、わたしの家でめぐと一緒に準備をすることになっていた。中1のときに買ってもらった黄色の浴衣は、そろそろ丈が足りなくなりそうだ。なんとか母に着せてもらい、めぐの着付けに取り掛かる。彼女が親戚のお姉さんから譲り受けたという浴衣は、ピンク地に色とりどりの花が咲いたとても鮮やかな柄だった。付属のこれまた目立つかんざしを挿しうっすら化粧も施せば、かなりの仕上がりだ。これは男がほっとかない。化粧っ気のない普段の彼女を知っていればいるほど、効果はてきめんなんだろう。迎えに来た勇人もわたしそっちのけで見惚れているくらいだ。ただ、本人だけがいつまでも浮かない顔をしていた。

「ねえ、やっぱりこんな派手なの似合わない……」
「往生際が悪い!かわいいってば!花井くんに見せよう!」
「もう、深雪とふたりで行くつもりだったから、浴衣もあるのでいいかってなったんだよ。男子に会うなら着てない」
「そ、それはごめん……じゃあ数に入ってるし顔だけ出して、あとは一緒に回ろう。ね?」
「そんな野暮なことできません。千代のとこ混ぜてもらう」

彼女は駅までの道の途中で、拗ねたように口を尖らせてしまった。ちょっと無理やりすぎたかな。勇人から誘われたとき、これはめぐと花井くんの仲を進展させるチャンスだと思いついた。去年の球技大会から、奥手なふたりをくっつけよう同盟を結んでいた水谷にも連絡し、協力をとりつけたのだ。めぐは花井くんをすきなことはようやく認めたけれど、色々な理由を付けて先に進もうとしない。だから周りの方がもどかしくなって、ついつい余計なお世話をしてしまう。彼女に野球部もいると伝えたのは勇人が来る直前のことだ。事前に伝えたら、また理由をこじつけて逃げられると見越してのことだった。案の定りんご飴だなんだとはしゃいでいたのに途端顔色を変えて、浴衣の柄だとか髪型を気にし始めた。行かないと言い出す寸前の彼女をわたしと勇人でなんとか説得して、今に至っている。

駅前ではえりかちゃんと合流するようだ。彼女は今年流行の落ち着いた古典柄の浴衣で、髪型も下の方できっちりまとめていた。めぐとは逆方向のギャップに、わたしまでどきりとさせられてしまった。

「お疲れさまです!ゆう先輩甚平いいですねー!」
「ありがと。えりかちゃんもいつもと違う感じでいいね」
「ギャップ狙いました!先輩方もお似合いです」

4人で駅のホームへと向かう。歩いていくうちに勇人とえりかちゃん、わたしとめぐの並びになるのはごく自然なことだろう。めぐは彼女と初対面だし、わたしなんか言うなれば邪魔者だ。ここで何かするよりしらばっくれていた方が大人の余裕に見えるなんて、無理な言い訳もこしらえた。こんなんじゃ、めぐに偉そうなこと言えないな。今なお不安げに顔を伏せている彼女に心の中で謝りながら、ぎゅうぎゅうの車内に乗り込んだ。

会場の最寄駅に着いてからもひどい混雑で、慣れない下駄が足をもつれさせる。彼は右手でわたしを離さないでいてくれたけれど、左手ではえりかちゃんを庇うような仕草をしていた。これも副主将の仕事の内か。待ち合わせ場所の花井くんはとてもわかりやすい。その視線がわたしの隣を捉えたまま離れないのも、なかなかわかりやすかった。

「栄口ハーレムじゃん!ヒュウ」
「その言い方やめてくれる」
「あ!深雪ちゃんと……めぐちゃん?!すっごい綺麗だね!モデルさんみたい!」
「そうでしょ!わたしがヘアメイクしたの!」
「すごーい!かわいい!」

ぱたぱたとやってきた千代ちゃんが興奮冷めやらぬという様子で熱弁し、めぐが引いているのが面白い。彼女はそのままクラスの輪の中に連れて行かれ、絶賛を前にして困ったようにわたしを見てくる。いいぞ、もっとやれ。これなら大丈夫そうだ。笑顔だけを残して、わたしは勇人たちと次の集合場所や時間について話していた。1時間は回れそうだ。わくわくしながら彼と食べたいものを吟味していると、後ろから袖をぎゅっと掴まれる。振り返ればめぐだった。

「どうしたの?」
「……ごめん、鼻緒で靴擦れして痛いから帰る」
「え?!とりあえず絆創膏貼ろうよ、今出す」
「平気。深雪は楽しんできてね!ばいばい」
「えっ、ちょ、待ってってば!」

彼女には珍しいしおれた声にただ事ではないことを悟るけれど、さすが運動部と言うべきか、わたしなんか物ともせず来た方向へと駆けて行ってしまった。本当の靴擦れだったら、あんなに思いきり走れるわけがない。勇人が追いかけようとしていた矢先、花井くんが「オレが行く」と名乗り出てくれたのだ。思わず顔を見合わせる。この待ちに待った展開を断る理由なんてないから、絆創膏を渡してその背中を押した。

「あ!めぐにりんご飴買ってあげてー!」
「りんご飴?わかった」

水谷を探してみればばっちり見ていたようで、こっそりピースサインを交わした。

花火までは自由行動になり、勇人とふたりで回ることにした。まさか彼とお祭りに来れるとは思っていなかったから、この空気を吸うだけで十分堪能した気分になってしまう。提灯の灯りで照らされる彼は、いつもよりも色気がある。レモン味のかき氷が溶け始めていた。ひととおり歩いてみて小腹が空いたという話になり、たこ焼きの列に並んでいた。お金を払ったものの、大盛況で焼き上がりまで時間がかかりそうだ。大人しく待っていると、えりかちゃんが危なっかしく下駄を鳴らしながら走ってくるのが見えた。

「あ!ゆう先輩!」
「おお、どうしたの」
「今先輩たちがストラックアウトやってて、5人連続でクリアしたら景品もらえるんですけど、あとひとり足りなくて……お願いできませんか」
「いやオレそんな得意じゃないよ」
「わたしよりは確実にできるじゃないですかー!このままだとわたし投げることになっちゃいます」

彼女は息を切らしながら、ちらちらとわたしを見てくる。きっと勇人はわたしが言わなければ行かないだろう。それを見越してのアイコンタクトなのだから、ずるいなあとも思う。だけれど、きっと投げているのは田島くんや三橋くんだ。彼らの言葉なら二つ返事で送り出していたわけで、使いっ走りのえりかちゃんに言われたら断るというのも、心が狭いような気がした。

「……行ってきたら?」
「でも」
「えりかちゃんに投げさせるのは酷だよ。わたし並んでるから。かき氷も預かる」
「さすがお優しい……!ありがとうございます!」
「……わかった。すぐ戻る」
「あの金魚すくいの屋台を右に行ったとこです!デート中にごめんなさい」

ふたりを見送って、焼き上がりを待つ間にかき氷をすくっていた。歩きながら食べればいいかと思っていたけれど、たこ焼きを受け取ると両手が塞がるのが頭から抜け落ちていた。金魚すくいを、どっちと言っていたっけ。何度か往復してみるものの、彼らしき姿は見つけられない。巾着の中の携帯も取り出せず、もはや八方塞がりだ。いつの間にか元のたこ焼き屋も見失っていた。この際彼を探すより皆と合流した方が早いと思い、人の流れに乗り観覧スペースの方へ向かうことにした。初めに花井くんに地図を見せてもらったけれど、詳細までは覚えていない。勇人と一緒にいると思っていたから、すべて任せきりにしていたのだ。とりあえず検討のつくところまでは出てきて、このあとはどうしようかと頭を抱えていた。

「深田?」
「水谷!よかった、迷子になるとこだった」
「ひとり?栄口は?」
「んーと、ストラックアウトに連れてかれて……そのままはぐれちゃったから、とりあえず皆のとこ行こうかと」
「なんだそりゃ……じゃあ連れてくわ。それも持つ」

ちょうど荷物を置いて、屋台を見に来た水谷とばったり会うことができた。奇跡だ。右手を塞いでいたたこ焼きを渡しスマホを出してみれば、勇人からの着信が6件も入っていた。7件目もすぐにかかってきて、急いで出る。彼はわたしがいないから探し回ってくれていたようで、電話に出なかったこと、その場から動いたことをたしなめられてしまった。彼の心配性はたまにいき過ぎる。矢継ぎ早な口調に合いの手を入れるように謝っていると、黙って聞いていた水谷がぼそりと言葉を投げてきた。

「なんで謝ってんの。ちょっと貸して」

彼はたこ焼きをわたしに押し付けて、半ば引ったくるようにスマホを取っていく。

「水谷ですけど。こんな人混みで彼女ひとりにしちゃだめでしょ。すごい不安そうだったよ」
「え……それは本人と話すよ。人に言われるまでもない」
「見つけたのオレだかんね!早く来てよ!」

水谷はぷんぷんと頭から湯気を立てながら、通話終了ボタンを押したあとのスマホを返してくれた。庇ってくれたの、かな。お礼を言うと恥ずかしくなったのか、そっぽを向いてしまった。生まれて初めて告白して振られた相手でもあって「手慣れているひと」という印象が強い彼だけれど、こう年相応に可愛げのあるところを見ると、なんだか嬉しくなってしまう。ふとりんご飴の看板を見て同盟を思い出し、話を切り出した。

「そういえばめぐが帰っちゃった理由知ってる?」
「あー、田島が『こんなに背高いなら服は男物?』みたいなこと言った。ピンクの浴衣着てんのにさ」
「そんなこと言ったの?!もう、わたしからもお説教だな……」
「頼むよ。超綺麗だったよね」
「でしょ!このお祭りでいちばんの自信ある!」
「賛成!……あ、深田も綺麗だよ、かわいい系というか、めぐとはまた違う方向性でイイヨネ」
「別にいいけどー言い方ってあると思う」
「ごめん!」

彼と話していると気分が明るくなる。そういう力をなんとなく使われてしまうのだから、こちらはたまったものじゃない。案内された先にあったのは橋で、ごった返すシートのすき間をすり抜けてようやく到着した。間違いなくひとりではたどり着けない。場所取り担当の1年生のところに、他に渡すものもないからたこ焼きを持ってお礼を言いに行くと、必要以上に頭を下げてくれたのがかわいらしかった。隣のシートにいた巣山くんが声をかけてくれ、お言葉に甘えて水谷とお邪魔した。浴衣で座り込むのは結構大変で、彼が手を引いてくれるのはありがたかった。

「すごいへこへこされちゃった」
「先輩の彼女って結構緊張するもんよ。別にお礼なんて良かったのに」
「部外者がお邪魔させてもらってるんだから、何もしないわけには」
「もー、応援してくれたりパン差し入れてくれるひとのことを部外者なんて言いません。次言ったら怒るよ」

彼はいちばん欲しい言葉を、さらっと言ってしまうのだ。その言葉に言われた側がどれだけ救われるのかなんて、少しも考えないままに。そしてわたしが1年生にあげてしまったからと、ひとりで食べる予定だったたこ焼きをわけてくれた。表面の温度に反して中は熱々だったそれは、わたしの体に深く染み込んでいった。

花火まであと少しというアナウンスがあったころ、めぐと花井くんがふたりで戻ってきた。わたしの後ろに彼女が座り、その隣に花井くんが座る。彼女は「心配かけてごめん」とだけ言ってくれた。繋がれた手とか彼女が持ってるりんご飴とか、聞きたいことは山々だけれど、はやる心を抑えわたしはわたしの待ち人をひたすらに待ちわびていた。

「ごめん」
「ううん。ストラックアウトどうだった?」
「あー……外してしまいまして」
「そっか。残念」

結局彼が到着したのは、空が一面の花に覆われてしばらく経ってからだった。その破裂音も、これ以上の話を引き止めるように響いてくる。全部かき消されてしまう。わたしの気持ちなんて、何も報われないのかもしれないな。



▽▽▽



お祭りの帰り道、誰かが持ってきたからと近くの河川敷で花火をすることになった。わたしは階段に座りこみながら、元気に走り回る田島くんやえりかちゃんを、若いなあと眺めていた。勇人はそのお守りをしている。千代ちゃんたちは家が遠いからと帰ったしめぐは花井くんといい感じだ。自分の居場所を探すのも骨が折れる。誰も見ていないのをいいことに、大きなあくびをしてしまう。ついでに意識も飛びかけた瞬間、首元に冷たいものが押し当てられた。

「わ!」
「さては眠いでしょ。しゃあない、飲み物一番最初に選べる権をあげる!」
「あ、ありがとう」
「……大丈夫?オレ配ってくるけどまた戻るから」
「いいよ。花火してきなよ」
「オレが行っても栄口の負担が増えるだけなんでね」

じゃんけんに負け買い出しに行っていたらしい水谷が、袋の中からすきなものを選ばせてくれる。こんなに暗いのに、よく気がつくな。わたしが選び終わると、自分のコーラも隣に置いて、階段を下りていった。花火の集団に近づけばさっそく田島くんに絡まれている。後輩たちにもジュースのおかげで大人気だ。なんて、本当は本人の人望なんだろう。絶対どこかで捕まると思っていたのに、彼は律儀にも戻ってきてくれた。

「おまたせ。はい乾杯」
「かんぱい」
「栄口連れてこれたらよかったんだけど、ごめん」
「ふふ、向こうだって、四六時中わたしといたいわけじゃないと思うよ」
「……深田は?」
「わたし、は……いたいけども」
「えー何その殺し文句!それ聞かせたら絶対すっ飛んでくるよ」
「いいの!もーわたしばっかり恥ずかしい。やめやめ!」

朗らかに笑う彼の声を追い払うように、ぱたぱたと手を振る。彼と話をしていると、あっという間に機密事項を暴露させられてしまう気がする。油断できない。見下ろせる河川敷からは、もうずっと勇人の仕切る声が聞こえている。混じる鈴の転がるような声をうっとおしいと思ってしまうのは、わたしだけなんだろうか。……今なら、見逃してくれないかな。水谷の魔術にほんの少しあてられたわたしは、引っかかったふりをして言葉を続ける。

「……えりかちゃんって、どんな子?」
「んー?仕事できるし明るいし、かわいい後輩だよ」
「ふうん」

遂に聞いてしまった。わたしはどこかで、否定してくれるのを期待していたのだと思う。かわいい後輩?わたしの前じゃ全然違うよ、勇人がすきなんだよ、たぶん奪おうとしているよ。全部全部言ってしまいたい気持ちと、嫌なやつだとは思われたくない気持ちを天秤にかけて、いつまで後者を選べるんだろうと、ひとり悶々としていた。

「あーでもね、栄口にね、近いね」
「……うん」
「栄口に限った話ではないけど……オレから言う?」
「いい、いい。波風立てたくないの」
「そう。巣山とかも思う節あんだろーなってのは感じるけど、まあ言いにくいね」
「……わかってくれる人がひとりいるなら、それでいいや」
「ほんと?しんどいの我慢する必要はないからね。何かあったら誰かに言いなよ。栄口でも、オレでも」

さすがに栄口と同じ位置は図々しいか、と照れたように笑う彼がどうにも頼もしくて、涙がこぼれそうだった。

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