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2年生といったらもうひとつ、一大イベントがある。修学旅行だ。行くのはまだまだ先だけれど毎週LHRの時間で計画を立てていくことになった。わたしと勇人はもちろん同じ班になるつもりで、去年から仲良しの子たちを誘って男女ふたりずつの班を作った。とりあえず、花井くんとめぐのために送り込んだ刺客の美亜ちゃんから、無事同じ班に引き込んだというメールが届きふたりでガッツポーズをした。

2年生になってから野球部の練習がない日は一緒に帰っている。ミーティングを待っている間色付きリップを塗り直しながら、カバンに付けていたバレッタを左耳の上でぱちんと留めた。毎回この音であの夜を思い出しては赤くなるのだ。建前で広げていた宿題なんて進むわけもなく、誰もいない教室でひとり何かに堪えていた。そうして待っていたわけだけれど、いつまでたっても来る気配がない。様子を見に階段を降りると、吹き抜けから聞き覚えのある声がして下を見る。野球部の面々が騒々しく昇降口へ向かっていた。

「巣山くん!ミーティング終わったの?」
「あー……栄口はまだ教室だと思うわ。呼んでこようか」
「行くから大丈夫!じゃあね!」
「おう……」

彼の察しの良さは相変わらずだ。他の2年生も全員いたから、監督さんとでも話しているのだろうか。放課後の喧騒をBGMにしていちばん奥の教室まで歩いていく。聞こえてきたのは予想とは違う声だった。

「もー、ゆう先輩いじわるですねっ」
「これくらいできるでしょ」
「わかりませーん!」

……ゆう先輩?わたしだって学校では名字呼びなのに。でも部員と後輩マネージャーの距離感がよくわからないから、きっとどこもこんなもんなんだろうと言い聞かせる。

「彼女待たせてるから、あとは宿題」
「もうすぐです!ちょっとだけ、5分で終わらせますから!」
「だーめ。オレは帰るよ」
「むう……じゃあまた明日、教えてください」

がたりと椅子を引く音にはっとして、急いで教室まで戻った。わたし彼女なのに、どうして覗きばっかりなんだろう。マネージャーの仕事なら千代ちゃんに教えてもらうのはだめなのかな。帰り道同じなのに一緒に帰ろうってならないだけ、しあわせなのかな。何食わぬ顔で彼を迎えたけれど、胸の中では泡を山盛り食べていた。



▽▽▽



改札を抜けたあたりで手をつないで、遠回りをして歩いていたら泡もぱちぱち弾けていった。そして、文化祭より修学旅行より大きなイベントがもうすぐ控えている。今年の6月8日は土曜日だ。たぶん一日中部活だろうし夜も家族と過ごすと考えるとわたしの出る幕はないのだけれど、一筋の希望を胸に聞いてみる。

「誕生日、どうする?」
「……その土日さ。うち父親出張で家にいなくて、姉貴もゼミの合宿に行くんだ。オレも部活だって言ったら弟も親戚の家に預けることになって」
「そうなんだ。残念だね……」
「だから、その……部活終わったら、うち来ない?」
「え!いいの?」
「うん。なんか美味しいの作ってよ」

彼がわたしにお願いするなんて珍しい。予想外の返球だったけれど断る理由もないし、何を作ろうか考えを巡らせながらふと思いつく。彼は至って爽やかに言うけれどそれは、お泊まりになるってことだよね。誕生日当日誰もいない家にお邪魔して、ご飯を食べてはい解散なんて、なんというか、無粋だ。

「まあご両親にも聞かなきゃだろうし、まだ決めなくていいよ」
「……行く。めぐん家に泊まるって言えば大丈夫」
「泊まる?!」

彼は本当に爽やかだったのか。弾けた泡たちがまたぶくぶくと膨れ上がってきて、一泡は確実に吹いている。

「や、うちは全然、構わないけど、むしろ大歓迎ってくらいだけど」
「あ、そうなんだ、うん、じゃあ泊まる」

お互いぎこちなくなって、なんだか居心地が悪くて早々に別れた。もう頭が回らなかった。家に着いてすぐめぐに電話し、変なテンションで散々からかったあと、お泊まり工作の依頼をしたらカウンターをくらったのは言うまでもない。

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