29

月も代わって4月。グラウンドからは心地よい金属音が聞こえてくるなか、わたしたちも家庭科室を借りて部活動に勤しんでいた。太陽がてっぺんにくるころ、ちょうど焼きあがったパンをカゴに詰めてグラウンドに向かうと、交代で戻ってきた水谷がフェンスに寄りかかりながら水分補給をしていた。

「深田じゃーん、どうしたの?」
「差し入れ!勇人いる?」
「……あ、ああ栄口ならあっちで監督と話してる」

彼の返事が返ってくる前に、不自然な間があった。心なしか慌てている彼をいぶかしげに見ていると、視線をそらしながら呟かれた。

「や、名前呼びだなあと思って……」

学校では絶対からかわれるから、お互い名字で呼ぼうと言っていた。だけれど、春休みで微睡んだ思考とか、うららかな風とかに惑わされてつい出てきてしまった。指摘されると余計に恥ずかしくなるもので、わたしの頬にもぱあっと赤みがさす。

「ほ、ほんと最近なんだよ。ホワイトデーからだから」
「そ、そうなんだ。いや別に、勇人って誰だって一瞬思っただけ」
「そ、そっか」

もし彼がOKしてくれていたら、文貴と呼んでいたのかな。まだ目が覚めないわたしはまたそんな思考に陥って、一生懸命首を振る。

「そう言う水谷はどうなの?進展ある?」
「いやー……未だにフリーですね」
「ちょっと、フラれがいないじゃん!しっかりしてよ」

わたしは大丈夫だ。フラれたことも笑いごとにできるくらい、もう立ち直っている。水谷の背中を押してあげられるくらいの器量は、持ち合わせている。



▽▽▽



気持ちのいい青空の下焼きたてのパンを食べられるなんて、まるでピクニックだ。わたしもその隅っこにお邪魔させてもらっていると、話のついたらしい勇人が気づき隣に来てくれた。すると時間差で戻ってくる部員たちが、なんだか小さくて遠慮がちなのがふと目に留まった。

「あっちの子たち、初めて見る顔だ」
「ああ、今年入部の新入生だよ。式はまだだけど体験ってことで来てくれてる」
「そうなんだ!あ、じゃあパン足りないかも……」

去年できたばかりの野球部に後輩ができるなんて、わたしまで感慨深い。監督さんや志賀先生、浜田さんたちの分もと思って多めには作っていたけれど、配ってみると1個だけ足りなかった。

「じゃあ君には栄口のをあげよう!」
「えー?!」
「お弁当あるんだから我慢して!」

彼は不満そうにしていたけれどやっぱり副主将だから、かじる寸前だったパンを渋々渡していた。全員分のそれより重い手さげには、ふたり分のお弁当を詰めてきた。わたしなりに栄養バランスも考えて作った力作だ。既に春休み中も何度か作っていて、彼のお弁当箱はもううちで管理している。

「あの、マネージャーさんですか……?」
「あっ、えっと、わたしは違くて……」
「栄口の彼女だよー手ぇ出すなよー」

田島くんがおおきなおにぎりをほおばりながら、あっけらかんとばらしてしまった。改めて言われるとやっぱり恥ずかしくて顔が火照ってくる。

「高校生すごいなあ……」
「他の先輩方も彼女いるんすか?」
「いや……え、いねーよな?」
「うん、いない」

お互いを見渡しながら確認しあう。花井くんも頷いているのを見て、まだあのふたりはくっつかないのかとやきもきするしかできない自分がもどかしい。

小声で千代ちゃんはどうなの?と聞いてみると、わたしは野球が恋人だからと照れていた。それなら、水谷にもチャンスはありそうなんだけどな。ひとまず、もうすぐ始まる高校生活2年目の第一歩、クラス替えへの期待と不安に胸が揺れていた。

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