28

いつもどおりの日曜日を過ごしていた3月のある日の夜、ひとりだけ個別に設定したメール受信音が鳴った。《外出れる?》というメッセージに慌てて窓を開ければ、門の前で手を振る栄口がいた。わたしはというとくたびれたルームウェア姿だったから、適当なジーンズを履き部屋着隠しのパーカーを羽織ってそっと階段を下りる。リビングで団欒中の家族に気づかれないよう、細心の注意を払いながら玄関のドアを開けた。部活帰りと思しき彼は、自転車と荷物を家に置いてから走って来たのだと言う。わざわざ家に来るまでの用事が何なのか、全く心当たりがない。

「遅くにごめんね」
「ううん。どうしたの?」
「今日はホワイトデーなので」
「あ」
「ほんと、自分のことになると鈍いよね」

すっかり忘れていたわたしに彼は小さく笑いながら、背中に隠していた小さな包みを差し出した。ラッピングをほどくと、かわいらしいお花のバレッタが入っていた。

「わ、かわいい……!」
「よかった」
「今付けてみてもいい?」
「やってあげるよ」

彼は右側の髪を薄くすいて、ぱちんと止めてくれた。車のサイドミラーを借りて見てみれば、控えめな白いお花がなんとも彼らしい。ひとりで雑貨屋さんに入って選んでくれたんだと思うと嬉しくてたまらない。お礼を伝え心中浮かれるわたしの頬に、不意にやわらかな感触が落ちた。

「……これも、お返し」

月明かりの下いたずらっぽく微笑む彼がどこか幻想的で、夢の中にいるようだった。時間が止まって、視線を反らせない。優しく抱きしめられるのを合図に目を閉じる。頬とは全く違う鮮やかな感触にただ酔いしれていた。

唇が離れても真っ赤な顔を見られたくなくて、しばらく彼の肩に埋まったままだった。それはどうやら彼も同じようで、お互いそっぽを向きながらどちらからともなく手をつなぐ。行き先なんてないからとりあえず中学校を見に行くことにして、他愛のない話をしながら歩いた。

「あ、ここ阿部くん家だっけ?」
「うん。2階明かりついてる」
「宿題でもしてるのかな。野球部の練習こなしてから家で勉強なんてすごいね」
「そうだね」
「栄口は明日の課題やった?長文読解」
「もう終わったよ。……けどさあ」
「んー?」
「オレといるんだから他の男の話はなるべく禁止」
「えっ、そ、そっかごめんね」
「あとさ」
「うん」
「……名前で、呼んでよ。栄口って、長いでしょ」

今度は何かとドキドキしていると、声色に似合わずかわいいことを言われてしまい頬がゆるむ。オレも名前で呼ぶし。なんて小声で言っているのが追い打ちで、つい笑い声が漏れてしまった。

「……なんで笑うの」
「だって、くん付けから呼び捨てになるときも同じこと言ってたよ?」
「実際長いじゃんか」
「ごめんごめん。仲良くなるごとに短くなるみたいだね。さかえぐちくんから、さかえぐち、ゆうとって」
「2文字ずつ減ってるんだ」
「それなら、結婚したら「ゆ」になっちゃうね!」
「えっ」

しばらくの沈黙のあと、ようやく気付いた。深い意味なんてないけれどやっと意思が通じあったくらいの高校生の付き合いで、結婚という単語が出てくるだけで恥ずかしい。せっかく引いてきた顔の赤みが戻ってくるのを感じながら、どう弁解しようかと頭の中をフル回転させていた。

「……いいよ、結婚しようか」
「は?!」
「深雪がいいなら、すぐにでも」
「まっ、まだできないでしょ!」
「バレてた」

16歳の分際で大口をたたく彼は今日も、冗談か本気かわからない口調でわたしの頭の中を独占するのだ。一度捕まったら逃げられない穏やかな日々がどうしても心地よく、わたしはただしあわせだった。

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