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男の子も女の子もどこか浮き足立っている今日は、バレンタインデーだ。わたしも負けじとお化粧に少しだけ気合を入れて、キラキラしたグロスをつけてみた。もちろん学校でこんなあからさまなのは禁止だから、先生が来る前にいつものリップに直したけれど。

クラスメートの生温い視線は健在で、今日はいつも以上に見られている気がする。昼休み友チョコを配ったついでにめぐに聞いてみると「こんな日に初々しいカップルがクラスにいたらそりゃ見るわ」と一刀両断されてしまった。ただの自意識過剰じゃなくてよかったと安心しかけたけれど、実はそうではないのかもしれない。わたしが、余りにも緊張してしまっているのかもしれない。彼に気持ちをきちんと伝えていないから、もはや気分は告白なのだ。午後になっても変な高揚感は収まらず、そのまま放課後を迎えてしまった。

「巣山ーオレ職員室行くから先行ってて」
「わかった」
「深田も、じゃあね」
「う、うん、じゃあね。部活がんばって」

……じゃあねと言われたら、じゃあねと返すしかないだろう。栄口の後ろ姿が見えなくなるのを確認して、ななめ後ろの巣山くんを呼び止めた。めぐたちに渡した友チョコと同じものを10個詰めた紙袋を渡すと巣山くんは何か言いたげに見えたけれど、曖昧な視線を残すだけで行ってしまった。

閑散とする教室でひとりため息をつく。チョコを渡すだけなのにこんなにうまくいかないとは思っていなかった。せっかく持ってきたのだからと朝落としたグロスをもう一度唇にのせてはみたものの、気分は晴れない。これからどうしよう、家の前で待ち伏せするのは最終手段にしておきたい。悩み抜いた末、わたしはグラウンドに向かった。しばらく遠くから眺めていたけれど休憩に入ったのを見ておそるおそる近づく。電柱の陰からストーカーのごとく覗いていると、千代ちゃんが気付いてくれた。

「深雪ちゃん?!もう、びっくりした」
「こ、こんにちは……」
「あ、チョコ皆で食べてたよーおいしかった!」
「恐れ入ります……」
「……栄口くんでしょ」

千代ちゃんは意味深なウィンクを残し部員たちの輪の中に戻っていく。入れ替わりに尋ね人がやってくるものだから思わず隠れてしまいそうになる。明らかに戸惑っている彼を、とりあえずグラウンドから見えない位置まで後ずさりで誘導した。後から思えば、どこからどう見ても不審だった。

「ど、どうしたの」
「部活中にごめんね。渡したいものが、ありまして……」

こんな日に、渡したいものなんて言ったらひとつしかないだろう。覚悟を決めラッピングした小さな箱を差し出すと、彼は目をぱちくりさせ、すぐには受け取ってくれなかった。

「え、っと……本命?」
「?!当たり前じゃん!何言い出すの?!」
「そ、そっか、ごめん」

恋人にあげるものを本命と言わないで、いったい何を本命と言うのか。わたしは今日これだけ思いを巡らせていて、栄口はできるひとだから自分から求めたりはしないけれど、待ってくれているものだと思っていた。思わず苛立ちをぶつけてしまいそうになるのを、彼のそのあまりにも不安げな表情に思いとどまる。深呼吸してひとつだけ、思い当たる節を尋ねた。

「……まだ、代理だとか思ってるの?」
「えっ」
「ちゃんとすきだバカヤロー!」

数歩分の距離を一歩で詰めたら彼の胸に紙袋を押し付け、その勢いのまま頬にキスをした。彼の表情なんて見られないまま、回れ右して全力疾走だ。唇に手の甲をあてるとぺたりとくっつく。あの瞬間までの心音の早さとか少し熱を帯びた肌の感触だとかをグロスと一緒に拭い去ればどうにも悲しくて、唇をかみしめて帰路を辿るだけだった。



▽▽▽



ベッドに入っても全く眠れなかったわたしは、いつもの電車に間に合わず2本遅い電車で行ったら昇降口で野球部と鉢合わせた。チョコのお礼をしてくれる皆と話をしながら、田島くんのツッコミがこないことをひたすら祈っていた。栄口は一番後ろにいる。彼より早く席に着くと、笑顔を封印して彼を迎えうつ支度を整えた。これでもわたしは怒っているのだ。

「……おはよ。なんでメールも電話も無視するの」
「……おはようございます」
「……ほっぺたのも、気づいてたでしょ。顔中ラメまみれになって大変だったんだから」
「……知らない」
「あのねえ……。チョコおいしかったよ。ありがとう」

彼はバックを下ろし席に着く。腕を机の上で組み手首の上に顎を乗せた彼は視線だけを前に向かせ、ぽつりぽつりと話し出した。

「そりゃあね、朝から期待してて何もなかったらマイナス思考にもなるよ。もらえたかと思ったら人伝いの大量生産版だし」

千代ちゃんにはもう昼休みに渡していたから栄口以外の部員と監督さんの分のつもりで10個詰めていたけれど、わたしが栄口に渡せなかったせいで気まずい討論の末、彼の手に渡ってしまったらしい。巣山くんたちにはきっと相当な気を遣わせてしまったのだろう。

「本当はクリスマスとかお正月とかね、出かけたりしたかった。会いたかったよ。でも、これ以上嫌われたくなくて言えなかった」
「なんでわたしが嫌わなきゃいけないの」
「だってあんなんただのだまし討ちじゃん。選択肢なんて、なかった。深田は優しいからOKしてくれたけど、オレはいつ御役御免になったらいいのかずっと考えてた」

告白もあんな行き当たりばったりで、それからもなんだか飄々としていた彼がこんなに深く考えてくれているとは思っていなかった。わたしがはっきりしなかったから、彼をずっと悩ませていた。そう思うと申し訳なさや感極まる思いで胸が締め付けられる。清々しい朝の空気に似合わない会話を教室のど真ん中で繰り広げるわたしたちは、ひょっとすると別れ話をしているように見えたのかもしれない。前後の席のクラスメートたちが遠慮がちに目配せしているのに気づかない振りをして続ける。

「それでも救われたのは事実だし、わたしはだまされたなんて思ってない。嫌いになれるわけ、ないじゃん」
「……ほんと、に」
「信じてよ。期待してよ。彼氏でしょ、ばか」

栄口は頭がよくて言葉じゃ敵わないし、わたしの行動なんか何手先までも読まれているような気がしていたから、そんな彼を困らせられたことがちょっと嬉しかったりもする。それを言うと「オレは中学の頃から困ってばっかりだよ」なんて爆弾を落としてきたところでチャイムが鳴った。起立のかけ声に慌てて立とうとしたらひざ小僧を机にぶつけ悶絶する。笑いを堪えながら台詞だけは心配している彼は、思った以上に意地が悪くてもう首ったけだ。

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