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文化祭2日目の野球部は、練習試合のため相手の高校に来ていた。結局昨日は最後まで一緒に過ごすことができた。事前の衣装合わせのときから彼女のメイド服姿は好評で、朝もクラスの男どもが噂をしているのは耳に入っていた。わざわざ言うのも格好がつかないしどう切り込もうかと思案していた矢先に、あのスカートめくり未遂事件が起こったのだ。田島の声は想像以上に大きく、あの空間にいたなら間違いなく聞こえたはずだ。穴があったら入りたいくらいの恥ずかしさに襲われる反面、これからは思う存分彼女を心配できるのかと思うとホッとする。

7組に水谷がいたときは正直身構えてしまったけれど、ふたりは至って普通だった。きっとこれからも、良い友人でいるのだと思う。オレは、どうだ。彼女に別れを告げられたとき、友人でいられるのだろうか。マイナス思考に火がついたら止まらないのが悪い癖だ。とりあえず選手宣誓だけでもしておかないとこのまま焦げてしまいそうで、アップ後の一息つくタイミングで彼に声をかけた。

「……水谷」
「んー?」
「……オレと深田、付き合うことになったから」
「えっそうなの」
「あーオレも聞くー!昨日は逃げられたからね!」

耳聡く聞きつけてきた田島がオレと水谷の間に入る。矢継ぎ早に浴びせられる質問の嵐をやんわりかわしながら彼の表情を見ていた。相変わらずのポーカーフェイスに、フラストレーションが湧いてくる。他の部員たちもこれ見よがしに来たりはしないけれど、聞き耳を立てられているのは感じる。

きっと一番の関心は、彼女は水谷がすきだったはずなのに、なぜオレと付き合うことになっているのか、というところだろう。水谷も告白されて振ったことを言っていないから余計にややこしくなっている。田島なんかはオレが言わなきゃ本人に聞きに行くだろうし、彼女が水谷から乗り換えた、なんて思われるのも心外だ。悪者は、オレでなくちゃいけないんだ。

「オレがずるいこと言って、言いくるめた。悪いのは全部オレだから」
「……そっか」

よかったじゃん、おめでとう。そう言って微かに笑う水谷にはそれ以外の感情を見つけることができなくて、言葉が続かなかった。



▽▽▽



学校では田島のおかげか、何日かすれば同学年のほとんどに知られているという有様だった。クラス内では初めてのカップルで、席も隣同士ということもあり、いじりの対象にされるのも早かった。そういうとき、決まって彼女は顔を真っ赤にさせて俯く。むしろ本人より周りの方が盛り上がっているような状態だ。4時間目が終わり教室が騒がしくなるころ、いつも深田とお昼を食べている女の子たちが連れ立っていくのが見えた。

「あれっ購買?わたしも行くよ」
「深雪は彼氏と食べなよ」
「えっ」
「じゃあねー」

彼女たちはたいそう愉快そうに手を振りながら、教室の外へと出て行ってしまった。複雑な表情で見送るオレにも冗談半分に「栄口くんの顔!」「感謝してよねー」なんて言っている。隣には口をぽかんと開けたまま真っ赤になっていく彼女だけが残されていた。

「……オレはいいけど」
「やっでもいつも野球部のみんなと食べてなかった?!」
「別に約束してるわけじゃないしね」
「オレから伝えとく」
「ありがと巣山。まあ、嫌なら無理にとは言わないよ」

また、ずるい言い方をしてしまう。オレは自分で思っている以上にSだったんだなあと自己嫌悪もするけれど、そもそも彼女に効きすぎるのが悪いのだ。頷く以外の選択肢なんて、見つけられないでしょう。何をやっても温かく見守られる教室がどうも寄る辺なく、彼女を連れて裏庭へ向かった。

「あの、ご、ごめんね!あの子たち面白がって」
「いーえ」
「みんなも、ちょっと盛り上がりすぎと言いますか……」
「……水谷のことすきだって知ってるのは誰?」
「栄口と、めぐと、チアのふたり……クラスの友だちには聞き役ばっかりしてたら言いそびれちゃった」

彼女はバツが悪そうに視線を漂わせる。そんな気はしていた。大多数はオレたちが相思相愛で結ばれたと思ってるんだ。オレの想いは球技大会あたりから明快だったそうだから、それに彼女が揺り動かされたとでも思っているんだろう。そんなに綺麗な物語ではないのに。腹のなかを切って見せてやりたいくらいだけど無理だから、大きな顔ができるのだ。

「わかってる?オレは一緒にいられる時間が増えるなら嬉しいだけなの」
「う……ん」
「でも、深田がちゃんと元気になって、オレがいらなくなったら、きっぱり振ってください」
「……いらなくなんて、一生ならない」
「え、じ、じゃあ他にすきなやつできたらでいいから」

敵わない。今まで主導権を握っていたはずなのに、たった一言で逆転されてしまう。それを隠しきれないオレもそこまで悪いやつではないのかもしれない。かきこんだ五目炒飯が気道に入りむせる。慌ててオレの背中をさすりながら心配してくれる彼女の横顔を見て、報われたいと、願ってしまった。

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