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球技大会に引けをとらないくらいの晴天に恵まれた文化祭は、活気に満ち溢れていた。もしかすると西浦の校長先生は生粋の晴れ男なのかもしれない。なぜ野球部の初戦を見に来てくれなかったのか遺憾の意である。1年1組の出し物はメイドカフェだ。売っているのはパンケーキとお好み焼きで、その場で絵を描くサービスがついている。女の子はほぼ全員が接客に回されるため、わたしも慣れないメイド服をまとっていた。顔なじみに接客するより恥ずかしいことはないと思いながら、初日の開始直後から冷やかしに来た部活仲間を適当にあしらっていた。

「深田じゃん!メイド?!」

そこにのれんをくぐってやって来たのは9組の3人だった。あっけにとられたような顔で眺めてくる彼らに耐えられず、つい他のメイドの子の後ろに隠れてしまった。

「なんで隠れんの!案内してよ!」
「……まあ、気持ちはわかるよ。ごめんな」
「や、泉くんが謝ることでは……は、恥ずかしくて」
「似合ってんのに!なあ三橋」
「う、うん!」
「深雪ちゃん、ああ言ってくれてるんだから出てきてよ」

クラスメートの言葉に渋々顔を出す。3人はとりあえず部員のところくらいは回ろうと思って来てくれたみたいで、わたしを冷やかしに来たわけではない。それを台無しにしてしまったら栄口と巣山くんに申し訳が立たないと思い、席まで案内した。ふたりも同じシフトだったから今ごろは隣の教室で調理しているはずだ。

「ご、ご注文をどうぞ」
「お好み焼きふたつと、パンケーキひとつ」
「このお絵描きサービスって、深田がしてくれるの?」
「たじ……ご主人様が希望されるなら……」
「じゃあお願い!」
「か、しこまりました」
「あの、巣山くんと、栄口くん、いる?」
「今調理してると思うよ」
「へー。ならあいつら焼いたの食いたいな」
「聞いてみて、できそうだったらそうしてもらうね」

わたしも調理パートのことはよく知らない。きっと粉を混ぜるひと、焼くひと、教室まで運ぶひとなんかに分業されているんだろうけれど、ふたりがどのポジションなのかはわからなかった。ありがたいことに満席で、料理が来ない限り仕事がないメイドたちが手持ち無沙汰にうろうろしていると、田島くんに呼び止められた。

「深田ーねえまだー?」
「今焼いてるのでもう少々お待ちください!」
「腹減った!てかさ、そのスカートどうなってんの?ふわふわしてる!」
「これは下にパニエをはいて」
「パニエって何?」

テーブルの下からただ知的好奇心に純粋な田島くんの手が伸びてくる。わたしがとっさにスカートを押さえるのと、泉くんが田島くんの腕を捕まえるのは、きっと同時だったと思う。彼の手は宙をつかみ、そのまま泉くんの方へ引き寄せられた。口をとんがらせる田島くんに、泉くんの厳しいお説教が入る。彼が言いたいことを言ってくれているからわたしはもう苦く笑うしかない。田島くんは、こういうひとなのだ。スカートを直しながら周りを見回すと、器用に3枚のお皿を手にした栄口がこちらに向かってきていた。

「あ、え、栄口……?」
「……お客さま。オレの彼女に手出すなら、出禁だよ」

微笑みをたたえているけれど目は笑っていない。凍りつく空気のなか彼は無言で皿を並べ「罰としてオレがお絵描きします」と丁寧にアンパンマンを描いた。そして、クラスのみんなで考えた魔法の呪文「おいしくなぁれ、萌え萌えキュン☆」を律儀に3回唱えた。わたしも田島くんもついでに三橋くんも顔面蒼白で、この沈黙を破れるのは泉くんしかいない。責任重大な役割を任された彼はちいさくひと息吐いてから、栄口に問いかけた。

「……今、彼女って言った?」
「……おう」
「か、彼女?!お前ら付き合ってんの?!」
「……一応な」
「え、ちょ、詳しく!」
「今仕事中なんで」

彼はその微笑みのまま背を向け教室を出て行った。ふわりと漂う甘い香りは、きっとパンケーキ担当だったからだろう。チョコレートシロップで描かれた正義のヒーローは、心なしか元気がなかった。そして田島くんの興味は残されたわたしに向けられる。メイドの仕事をこなしながらのらりくらりとかわしていたら交代の時間になったからそっと離れた。だいたい付き合って3日のわたしたちに、答えられることなんてないのだ。いつものセーラー服に着替えて更衣室を出ると、香りに似合わない顔をした彼が待っていた。

「待っててくれたんだ、ありがとう」
「……隙ありすぎ」
「え」
「チアやってたときもスカートめくられてたでしょ」
「ええっ、み、見てたの……」
「見てたよ。すきだったから」

ふいと顔をそむけ歩き出す彼をあわてて追いかけながら、顔が赤らんでいくのを感じる。栄口って、こんなにストレートな物言いをしてたっけ。わたしの知る彼は、温厚でどこまでも気を遣えて笑顔を絶やさないひとだ。今日だけでいろいろな彼の一面を見ている。魔物は、文化祭にも潜んでいる。

7組の前では浴衣姿のめぐが客引きをしていた。紫色の浴衣を着こなす彼女は遠くからでもよく映えていて、看板娘のように見えた。

「めぐ!浴衣似合ってるね」
「おーありがと!うち和風喫茶やってるから寄ってってよ。これお団子券」
「嬉しい!ね、入ろう?」
「そうだね」
「詳細はあとでゆーっくり聞かせてね!2名様ご案内でーす!」

にやついてくるめぐのわき腹をつっついて、案内された席の前にはレジ係の水谷がいた。いつもより髪型がキマっているのは文化祭仕様なのだろうか。顔を合わせるのはあの日以来で、若干の緊張がわたしのなかにはあった。

「いらっしゃい!ふたりで来たんだ」
「ちょうど店番終わったから何か食べようと思って」
「オススメはお団子と緑茶のセットですよ」
「じゃあそれふたつにしよっか?」
「うん」
「はいよー」

普通だ。この間のことはまるで無かったかのように、彼は振る舞う。わたしと栄口がふたりでいることも、特に気にしてはいないようだ。それもそうか。いろいろと経験豊富そうな彼のことだし、振った相手がどうなろうと関心はないだろう。今までどおり、良いお友だちでいられるなら、十分だ。

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