22

電話が来て向かった先に、手持ち無沙汰に空を眺める花井と、ココアの缶で顔を暖める彼女がいた。スカートからのぞく肌色が寒々しい。彼女はオレを見つけると申し訳なさそうに駆け寄ってきた。

「さ、栄口、ごめんね」
「……それ、泉のセーター?」
「あ、うん。貸してくれた」
「……じゃあ栄口、あとは頼んだ」
「おー。花井もおつかれ」
「ありがとうございました……」

花井が軽く手を挙げながら去っていく。腰に回された腕にあるのは泉がよく着ていたセーターで、少し彼女には大きいそれは甚助を起こすのに十分すぎた。

背中がすきってなんだ。さっきココアに押しつけられていたほっぺたが、自分の背中にあると思うとついハンドルがとられる。広い背中やたくましい背中ならわかるけれど、どう贔屓目で見てもどちらにも当てはまらないと思う。異性にすきだなんて言えるのは、全くの対象外だからだ。彼女の目には水谷しか映っていない。長く吐いた息は白くにごり、空へと消えた。

翌日のホームルームで担任から、彼女は風邪で休みだと告げられた。あんな物騒なことを言われた夜に、河川敷で居眠りして風邪だけで済んだならよっぽど運が良かったのかもしれない。偶然花井たちが見つけていなかったらと思うと背筋も凍る思いだ。危機管理が本当になっていない。勉強はオレよりできるのに。入学以来初めて空く隣の席に積まれたプリントの束を手に取って、しばらく悩んだけれど、結局目黒に押し付けた。

部活が終わったのは昨日と同じくらいで、やっぱりこんな遅くに女子のお宅訪問することにならなくてよかったと思った。オレには荷が重すぎる。昼間送ったお見舞いメールの返事がきているだけで十分だった。浮つきながらふらふら帰っていると、唐突に泉が言う。

「今朝深田来たぞ」
「え?!休みだって言われたけど」
「オレにセーター返してすぐ帰ったからな。これお礼だって」
「あ、どうも……」

イチゴ味だなんて、絶対に自分では買わない。泉は同じピンク色を取り出し1本くわえると、確かにハートフルな気がすると呟いた。そういえば彼は昨日家まで送ったセーターを着ている。彼が自分の服を脱いで彼女に着せるシーンが想像できてしまうのが腹立たしい。本当に半年前まで中学生だったのかと疑いたいくらいだ。おいしそうな匂いにつられて封を開ける。現状に不釣り合いな甘酸っぱさに、少しだけしびれていた。

「なあ、オレ怖がられてない?」
「え、そんなことないと思うけど……なんで」
「妙に挙動不審というか……敬語使われるし、距離を感じる」
「あんまり話したことないんだし、最初から馴れ馴れしいのも変でしょ」
「そーか」

ぽきん、と軽快な音が夜の街に響く。

「あ、深田からメール」
「え、連絡先知ってるの?」
「今朝交換した。オレに連絡取れないからって返しに来たみたいだったから」
「そっか」
「顔赤いし熱いしふらついてっし、あんなんで来られた方が困るっつーの。復活したら栄口からも言っといてよ。じゃあな」
「あ、うん、また明日」

小さくなっていく彼の後ろ姿を複雑な気分で見ていた。なんで熱いってわかるの?触ったの?ふらついてるって、それを支えたから言えること?泉に他意なんてなくて、この話も俺が彼女をすきだから教えてくれたんだ。教えてくれなかったらそれはそれで訝しんでしまうと思う。わかっているのに、どうしようもないもやもやで胸がいっぱいだった。

また日が昇れば、元気そうな彼女の姿があった。隣の席で友人と談笑しているその足元には薄手のコートがかけられていた。

「おはよ。具合大丈夫?」
「おはよう!もう平気だよ」
「昨日学校きてたの?」
「うん、セーター返そうと思って。あ、ポッキーもらってくれた?」
「もらったよ。別に良かったのに」
「感謝の気持ちです!そういえば泉くんって甘いのすき?」
「別に嫌いじゃないと思うけど」
「そっか!よかった!」

カバンの中身を出しながら、どこかで聞いたことのあるフレーズだと思いあぐねる。古い記憶ではないしたしか学校で、ああそうだ、調理実習のときだ。「水谷って甘いのすき?」って聞かれたんだ。あのときと同じ意味なら。想像以上に現実は残酷だ。

「同じクラス」「隣の席」「家も近所」要素だけ見れば断然有利なはずなのに、面白いくらい等閑にされている。それとも、近すぎて意識されてないってことなのか。水谷とそのままくっつくなら黙って見守るつもりだったけれど、そうじゃないなら話は別だ。いつまでもお友だちだなんて、ごめんだ。

そうしてオレは告白した。振られたと聞いて、ここしかないと思った。深田が傷心のところに付け込んだんだから、我ながら本当に性格が悪い。オレの今までの惨状に免じて、大目に見てよ神様。彼女の反応は予想通りで、どこかぎこちなくなっていた。話しかけても逃げるように去ってしまう。悪いのは自分だけれど、せめてイエスノークエスチョンくらい答えてほしい。1週間経ってとうとう限界がきたオレは、帰りのホームルームが終わり立ち上がろうとする彼女の腕を横から掴んだ。

「さ、かえぐち……」
「これ、いつまで続くの。断りにくいならなかったことにしてもいい。深田がいちばん楽なように解釈してくれれば、オレはいいから」
「ち、ちがうの、わたしが整理できてなくて」

栄口は何も悪くないよ、という彼女の言葉を最後にこの場は途切れた。後ろ髪を引かれながらもオレは部活に向かい、彼女は数日後に迫る文化祭のためクラスで作業をしていたんだと思う。そんな彼女が別校舎から大きなパネルをひとりで運んでいる姿が目に入り、休憩の合図とともに慌てて駆け寄った。驚く彼女から無理やり奪い取り教室まで運び終えたら、今度は装飾を施さなくてはならないそうだ。休憩時間はまだある。ふたりでその作業に没頭していると、唐突に彼女が口を開いた。

「栄口はいいひとだし優しいし、栄口の彼女はきっとしあわせだろうなって思う」

てっきり振られるとばかり思っていたから、思いがけない言葉に心臓がはねる。いいひと?どこがだ。でも、彼女がそう思ってくれているなら、それに越したことはない。精一杯動揺を押さえ込んで、副主将モードに切り替えた。

「しあわせに、しますよ」
「……わたしは、散々栄口に無神経なこと言って……」
「気にしてない」
「……水谷のこと引きずってるよ。まだすきだよ」
「いいよ」
「よくない。栄口のことちゃんとすきになってないのに、失礼すぎる」
「オレは告白したんだよ。振られるよりOKもらえたほうが嬉しいんだけど」

横を向けば、彼女の髪が鼻をかすめた。いつも机ひとつぶん離れている顔がすぐ近くにある。視線を合わせてくれないのをいいことに、その真っ赤な頬と不安げに揺れる瞳を思う存分見つめていた。

「落ち込む予定だからなぐさめてって言ったのは深田でしょ?オレはそれを果たそうとしてるだけ」
「そ、れは……」
「代理でもなんでもいい。同情するなら付き合って」
「……ずるいよ」
「そう。オレ、ずるいんだ」

全然いいひとなんかじゃないんだ。こう言えば彼女は断れないってのを計算してる。作業なんてはかどるわけもなく、手が止まるオレたちにクラスメートが声をかける。彼女が頷くまで3、2、1。

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