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決心が鈍る前に、やらなくちゃと思った。今日はミーティングだけだと栄口に確認し、放課後会えませんかと真面目な文体で書いてみた。そうしたら、いつもの顔文字いっぱいのメールではなく、シンプルなひらがな2文字だけが返ってきた。いくら水谷と言えども、察しているのかもしれない。そう思うだけで心臓の音がうるさい。次の授業は体育だ。気合を入れるために持ってきた、お気に入りのTシャツに腕を通す。

「わ、深雪のTシャツ真っ赤!」
「勝負下着!」



▽▽▽



呼び出したのは化学室だ。放課後に空いている教室を適当に選んだだけで、特に何の思い出もない場所まで彼は急いで来てくれた。掛け違えてるシャツのボタンとかカバンからはみ出たままの教科書とかに、いちいちときめいてしまう。挙げ句の果てに「待たせてごめん」なんて息を切らして言ってくるものだから、脳内で散々シミュレートした内容はどこかへ飛んでいってしまった。

「もう、こんなときに限ってミーティングのびるから、」
「すきなの」
「……へ」
「水谷が、すきなの」

その言葉はまるで言われるのを待っていたかのように、わたしが考えていたよりもずっとずっと楽に出てきた。伝えられたことにほっとして、身体中のあらゆる筋肉がゆるむのがわかる。彼は一瞬の間のあと、ふわふわしていた表情を引き締めて、わたしを見据えた。

「……ごめん。気持ちは嬉しいけど、応えられない」
「……うん」
「すきな子がいるんだ」

凛とした視線がわたしを捕らえる。今日の放課後の時間だけでも、わたしのことだけを思ってここまで来てくれた。少しでも水谷の心の中を独占できたなら、もう十分だ。それに、彼のすきな子は予想がついている。よく気がつく人類のお手本のような女の子で、わたしもだいすきな子だ。彼女の気持ちは知らないけれど、わたしのすきなひと同士が惹かれ合うなら、それはそれで理にかなっているのかもしれないと思った。

「……マドレーヌ、食べたよ」
「え?!な、なんで……」
「栄口からもらった。うまかったよ。ありがとな」

あの行き場を無くしたマドレーヌが、ちゃんと届いていたなんて。そんなこと、栄口は一言も言ってなかった。やられた。

「……ずっと思ってたんだけど、シャツのボタンめちゃくちゃ」
「え?!うわ、ほんとだ!」
「カバンから教科書はみ出てる。靴もつぶさないでちゃんと履きなさい」
「ちょ、母ちゃんみたいなこと言うなあ……」
「ふふ、後から後悔したって遅いからね」
「……おー」
「水谷もがんばってね。中学でもモテてたから、千代ちゃんは」
「え?!それ、どこで、あ」
「じゃあね!来てくれてありがとう」

筋肉がゆるみすぎて、震える。それが伝わってしまわないよう、一歩一歩踏みしめるように歩いた。バタンと閉まる音に何もかもが終わった気がして目頭が熱くなる。ここで泣いたらだめだ。家に帰るまでが告白だ。そう思ってはいるけれど勝手に流れてくるものはどうしようもない。カバンをあさるといつかのハンドタオルが出てきた。水谷に泣かされてるのに拭ってくれるのがこれだなんて、本当に敵わない。

帰り道、コンビニの前で立ち話をする野球部と鉢合わせてしまった。赤い目を見て心配そうに声をかけてくれる千代ちゃんに花粉症だと説明すると、ポケットティッシュをくれた。この時期つらいよねと笑ってくれる彼女は、やっぱりわたしのだいすきなひとだった。彼女と過ごしたかっただろうにわたしの呼び出しに応えてくれた水谷も、当分嫌いにはなれなさそうだ。そのまま電車組のわたしと千代ちゃんは一緒に駅まで歩いていた。栄口も方向が同じだからと、自転車を押して歩いてくれていた。

「駅着いたー。じゃあ、栄口くんはまた朝練でね」
「バイバイ」
「……深田顔色悪くない?オレも電車で帰る」
「え?いや大丈夫だよ」
「だーめ」

突然そんなことを言い出した彼は本当に自転車を駅の駐輪場に置いてきた。千代ちゃんは逆方向だから、ホームで別れたらふたりきりだ。電車に乗り込みひとつだけ空いた席にわたしを無理やり座らせた彼は、仏頂面でつり革をつかんだ。なかなか珍しいアングルについ見上げてしまう。彼は何も言わないけれど、協力してもらったんだ。結果を伝える義務はあるよね。改札を出て、いつかお揃いの赤シャツで歩いた道を進む。小声で名前を呼ぶと、少しかがんでくれる仕草に思いがけずどきりとした。

「……振られたよ」
「……そ、か」
「マドレーヌ渡してくれたんでしょ。ありがとうね」
「……オレはただ渡しただけだし」

目を合わせてくれない彼がなんだかかわいくて、さっきまで泣いていたはずなのについにやけてしまう。わたしは、水谷においしかったって言ってもらえて嬉しかったよ。栄口のおかげだよ。もう一度お礼を言うと、ほんのり茶目っ気のある声が降ってきた。

「ねえ、性格悪いこと言っていい?」
「なにそれ、どうぞ」
「オレ深田がすき」

彼は思わず足が止まるわたしを数歩追い越し振り返ると、困ったように笑った。本気なのかそうじゃないのかわからなくて、言葉が出てこない。紅葉した街路樹のなか夕焼けに染まるその姿は、少し寂しげに見えた。

「あはは、呆然としてる」
「だっ、だってそんなの」
「すきでもない子を後ろに乗せたりしないよ」

この間の二人乗りのことだ。腕の感触を思い出し体温があがる。思い返せば、夏休み前にも一度乗せてもらっている。あれにも、意味があったのだろうか。混乱するわたしを横目に、彼は何事もなかったかのように家まで送ってくれた。わたしはわけのわからないまま、その背中をぼうっと目で追っていた。

一度意識してしまえば、もう戻れない。

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