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頬を掠める風はもう秋の匂いがして、思わず泉くんのセーターの袖を伸ばしてしまう。栄口は何も言わないまま自転車を走らせる。突然家が近いというだけで呼び出されたら、疲れた体で人ひとり持って帰るはめになったのだ。あまりにも申し訳なくて、わたしはただひたすらに肩身を狭くしていた。

「迷惑かけてごめんなさい……」
「……ひとりで帰られるよりいい。いきなり電話きたからびっくりした」
「ごめんね……河川敷で寝ちゃって」
「え?!朝あんな話されたのにやめてよ!」

自転車ががたんと揺れた。そういえば、花井くんも同じことを言っていた。その朝のあんな話について聞いてみると、帰宅途中の女子生徒に男の人が声を掛け、不審に思った女子生徒が立ち去ろうとすると腕をつかまれ車に連れ込まれそうになったとのことだ。だから、あんなに怒ってくれたのか。乱暴だとか殺されるだとか、言葉のインパクトに押されいまいち絵空事のような気がしていたけれど、ちゃんとそばまで近づいていた現実だったと思うと今さら血の気が引いた。

「もう花井に説教されたと思うから言わないけど。少しくらい用心しなさい」

副主将モードの彼はやたらと大人ぶった口調を使った。きっと自転車に乗っていなかったら頭を小突かれているだろう。部員でもないのにわたしは頼れる副主将に甘えてばかりだ。今日で終わりにするから。明日からはちゃんと自分で立つから、今だけ寄りかかってもいいかな。

「わたし栄口の背中すきだなー」
「え?!い、いきなり何」
「ふふふー」
「ちょっと、また寝ないでよ!」
「もう寝ません!」

また自転車ががたんと揺れるから、強めに腕を巻きつけてしまう。花井くんより細いなあ、と思ってはっとする。こんなの、変態みたいじゃないか。だんだんと熱くなってくる頬を冷ますように、秋風がなでていった。触れる面積はできるだけ少なく、かと言って落ちないくらいのつかみ方を模索していると、彼はちゃんとつかまってないと危ないよと、口実をくれた。そう言われたらもう、黙ってつかまるしかない。

「……告白しようかな」
「……オレは応援するよ」
「だ、駄目元だし数週間は引きずる予定だからちゃんとなぐさめてね」
「長いな……まあいいけど」

この場所は居心地がいい。気を抜いたら本当に寝てしまいそうだ。思えば入学初日から、わたしは栄口に助けられてたんだ。夏大会初戦ではジャージを着せてもらって、球技大会では救護所まで運んでもらって、マドレーヌを渡すときだって、栄口がいた。今までいいひとだとは思っていたけれど、もはや恩人の域に達している。もし彼に恋人ができたらこんなに気にかけてはくれなくなるだろうな。それはちょっぴり寂しい気がした。

翌朝はなんだか体が重く、体温計は今まで見たことのない数字を出していた。いつもなら休んでしまうところだけど、今日は泉くんのセーターが手元にある。連絡先も知らないし、授業は受けられなくてもとりあえず返せたらと思い、わたしは学校へ向かった。9組のドアの前で泉くんを呼んでもらうと、窓側で突っ伏していた黒髪が振り返った。さらさらで、うらやましいな。ぼんやりとした頭で上の空なことを思っていると、いつの間にか彼の顔が目の前にあった。マスク姿を見てだろう、彼はおもむろにわたしの額に手を当てた。そして具合が悪いなら帰れと、ぶっきらぼうに告げた。

「うん、そのつもり……これセーターとお詫びのポッキーです。みんなでわけて」
「……もしかしてこれ渡すために来たの」
「うん、連絡先知らないし無いと困ると思いまして……あ、クリーニングしたほうよかった?!ごめんなさい帰りに出してきます」
「んなこと言ってないだろ。親の車で来たのか」
「?いつもどおり電車で……」
「……あのなあ、」
「あ、風邪ひいて電車なんて迷惑極まりないですよね帰りは歩いていきます」
「だーかーら、話聞けよ」
「え、う、うん」
「不審者まだ捕まってないのに、そんな状態でひとりで外歩いてほしくないんだけど。あと連絡先なら教えるから次はちゃんと連絡して」

頭がぼうっとして、泉くんが言う番号をうまく入力できない。彼はわたしの携帯を受け取ると手際よく打ち込んでくれた。そして保健室まで連れて行ってくれた。先生にわたしの親に連絡するよう進言してくれたのも彼で、昨日からどれだけ迷惑をかけているのかと思うと埋まりたくなってくる。もうポッキーでは割に合わない。チョコパイファミリーパックにハーゲンダッツでもお釣りがくるくらいだ。あ、全部甘いけど大丈夫かな。次会ったときに聞いておこうと決意して、わたしは布団をかぶった。

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