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西浦高校、1年1組。やわらかい春のひかりが心地よく差し込む教室だった。今日は入学式だから中学校の制服を着てくるように言われたのだけれど、違う制服の女の子たちがもうグループをつくっていた。黒板に貼ってある座席表を左上からなぞってみる。これからよろしくね、なんて心の中でつぶやいた。半分ほどなぞり終えたとき、わたしの指が止まった。

栄口 勇人

わたしの席の左隣にあったその名前に妙にくぎづけになった。わたしの中学校にも栄口くんはいたけれど、下の名前はわからない。同じクラスになったこともなければしゃべったこともなかった。顔すら思い出せない。こんな頼りない記憶をひっかきまわすと、たしか野球が得意だったような気がした。このときのわたしは栄口くんの正体より友人とクラスが離れてしまったことがショックで、すぐに彼のことは忘れてしまった。

「……中学校の栄口勇人です。野球部入ります。よろしくお願いします」

式が終わり教室で始まった自己紹介に耳をすませば、珍しくわたしの勘は当たったようだった。左を盗み見ると短髪のひとのよさそうな男の子がいた。しばらくは席替えも無いだろうし、仲良くなりたいな。この自己紹介が終わったらわたしも同じ中学校なんだ、家どこらへん?なんて話しかけようかと思っていた。

「えー……次、深田さん?」
「え、あ、はいっ」

あれこれと物思いにふけっていたら自分の番になっていたようだ。立ち上がったのはいいものの何か言わなきゃと焦れば焦るほど頭の中が真っ白になっていって、先生の怪訝な顔を見つめることしかできなかった。

「……オレと同中の、深田深雪」
「……です、よろしくお願いします」

ぱらぱらという拍手と共に周囲の関心は後ろの席に向いたようだ。自分の名前を言わないで自己紹介を終わらせたのはこの地球上でわたしくらいなんじゃないか。真っ赤な顔で席につき、左を向いてありがとうと呟いたら彼はにこりと笑ってくれた。全員の自己紹介が終わったら今日はもう解散ということだった。わたしは帰り支度をする彼を呼び止めた。

「栄口くん、さっきはありがとう」
「同中のよしみですよ。受験のときいなかったよね、推薦?」
「うん。わたしも栄口くんいるとは思ってなかったからびっくりしたよ」
「オレのこと知ってた?」
「……ごめん今初めて顔と名前が一致した」

栄口くんはだよねえ、と軽く笑った。でも栄口くんはわたしのことを知っててくれたんだよね。嬉しいような申し訳ないような気持ちがうずまいていた。流れでアドレスを交換することになり、栄口くんの名前がわたしの手元にやってきた。佐藤、鈴木、佐々木のおかげでやたら多いサ行の一番上に真新しい名前。アドレスの意味なんかを当てっこしていると、友人がドアを開けてはいってきた。

「めぐ!」
「深雪ーともだちできた?え、栄口じゃん!」
「目黒じゃん!何組?」
「ラッキーセブンー」

この目黒、ことめぐとは幼稚園からの付き合いで家も近いこともあり、今までの大半を彼女と過ごしてきた。体育会系の彼女と地味なわたしは端から見れば不可解な組み合わせらしいけれど、なかなか気の会う友人である。栄口くんとめぐは中3のときクラスが同じで、お互い知っているようだった。7組には同中の篠岡さんと阿部くんがいるらしい。篠岡さんはよく気がつく人類のお手本のような女の子で、いつか仲良くなりたいと思いながらも何ということはなく卒業してしまった。阿部くんは1年生のとき一緒に学級委員をやった。そのあとは接点無かったけれど覚えててくれてるかな。

「阿部は知ってんのかー」
「はい栄口妬かない妬かない」
「妬いてないし!」

帰る方向が同じだから3人で帰った。栄口くんは春休みのうちから野球部に入ると決めていたそうだ。めぐもよっぽどのことが無ければバスケを続けるらしい。わたしはどうしよう。ひとりだけ置いていかれているような気がして、少し焦った。

「深田決めてないの?なら野球部のマネジやってよ!」
「それならバスケやるべき!日焼けしないよー」
「運動部は体力的にきついかも……」
「マネジなら大丈夫だって!きつかったらオレも手伝うから」
「それ本末転倒ー」
「いいんです!なあ、どう?」
「か、考えとくね」

彼の気迫に押されてそんなこと言っちゃったけれど、実際自分にマネジなんて務まる気がしない。服やプリント類が散乱した自室を見て、まずは身の回りを管理するべきだと身にしみて感じた。

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