18

朝の全校集会では、誰かが賞をとっただとか、不審者の話だとかをされていたと思う。わたしはというと、この間のライブの余韻にもう1週間は浸っているようなどうしようもない状態だったから、何一つ頭に入っていない。めぐに話したら「もう告れば?」なんて、簡単に言ってくれる。告ろうと思って告れるほど、乙女心は単純ではないのだ。次の授業は移動教室だ。ちょうど同じタイミングで立ち上がったお隣さんと顔を合わせ、無邪気にはにかんだ。

「そういえばライブ、どうだった?」
「楽しかったよー!生の演奏ってあんなに迫力あるんだね!会場全体がひとつになって、なんかもーすごかった」
「へえ。オレも行ってみたいなあ」
「なら水谷に連れてってもらうといいよ!頼りになるから!」
「え、水谷と?」
「もはや玄人の動きだったよ!悔しいけどかっこよかった……掲載誌間違えてる……」
「よくわかんないけど、本人に伝えておこうか」
「だだっだめに決まってるでしょ」

冗談めかして笑う彼に冷や汗を覚えながら、わたしたちは家庭科室に向かった。今日の家庭科は調理実習で、班に分かれてお菓子を作ることになっている。わたしの班はマドレーヌを焼いた。

「ねえ栄口、水谷って甘いのすき?」
「うん」
「そっか!これあげてもいいと思う……?食べてみてよ」
「オレは前座かよ……うん、おいしい」
「ふふふ、なんたって調理部のエースですから!ありがと!じゃあ今から行こうかな」
「あ、オレも行く」

ちょうど今は昼休みだ。栄口も主将に用事があると言うから、一緒に7組に行くことにした。ドアから覗けば野球部3人が固まってお昼を食べているのが見えた。そりゃそうか。まさか3人いるなかに割り込んで、水谷だけに渡すなんてことはできない。

「オレが花井と阿部呼ぶから、その間に行ってきなよ」
「えっ……いいの?」
「もともとそれが目的だったし。おーい花井ー阿部ーちょっと来てくれ」
「え、あ、う」
「ほら、行っといで」

栄口はわたしの肩をぽんと押してくれた。あくまでさりげなくやっちゃうあたり、さすが副主将に選ばれただけあるなと思う。おそるおそる教室に入るとやってくるふたりと目が合い、なんだか申し訳ない気分で会釈をした。彼は3人分の机の真ん中でひとり、退屈そうにサンドイッチを頬張っている。不自然にならないよう、精一杯の気合いを込めて話しかけた。

「水谷!ひとりなの?」
「おー深田!そうなんだよ、主将と副主将が呼ばれちゃったから、平部員は寂しくお留守番」
「まあまあ、平部員同士仲良くしましょうよ」
「そーだな!ん、なんかいい匂いする!ケーキ屋さんみたいな」
「あ、さっき調理実習あってね、マドレーヌ作ったんだ。よかったらどうぞ」

隠し味の下心を隠しきれなくて、思わずピンク色のリボンを結んでしまったマドレーヌを差し出す。作りすぎたから、この間のお礼、いつもおいしそうに食べてくれるから。恥ずかしさのあまり出てきそうになる言い訳を飲み込んで、少しでも彼の視界に入りたくて、はるばる7組までやってきたのだ。これくらい、許されるよね。

「へー!だからか!あり……」

そこで彼は言葉を止めた。

「……やっぱいいや。栄口にあげなよ」
「へ」
「そのほうがマドレーヌも喜ぶだろうし」
「……み、水谷が言うならきっとそうだね!わかった!栄口に渡してくる!じゃあね!」

自分が何をしゃべっているのかわからないまま、踵を返した。ドアの外にはきっと3人が待ってくれている。顔を上げられない。混乱と恥ずかしさでいっぱいのわたしは、行き場をなくしたマドレーヌを栄口に押し付けた。

「どっ、どうしたの」
「あ、のね、水谷がね、栄口にあげたほうがマドレーヌも喜ぶって、だから、あげる」
「え」
「先教室戻ってるね」

教室になんか戻れずに、わたしは裏庭まで走った。まずい、泣きそうだ。一応味見はしてもらったけれど正直断られるとは思ってなかったし、栄口にあげろなんて意味がわからない。差し入れは毎回食べてくれていたから、あとは、水谷だけってのが悪かったのかな。あるいは、想いを寄せているひとが同じクラスにいて、誤解されたくなかったからとか。少なくてもわたしと同じ気持ちなら、断ったりは、しないよね。それを栄口や花井くんたちに見られてたってのが情けない。わたし、何やってんだ。お土産もライブも、浮かれてたのはわたしだけだったんだ。何とか午後の授業には出たけれど身は入らず、不安げに声をかけてくれる栄口にも気づかないふりをして、チャイムがなればそそくさと学校を後にした。気の向くままに歩いていると見晴らしの良い河川敷に出た。腰を下ろしてついでに背中も倒すと、自然に涙がこぼれ落ちた。それを拾う気にもなれずせせらぎを遠くに聞きながら、ただ時を過ごしていた。まるでなにかのドラマのオープニングで使われるような、綺麗な河川敷で寝転ぶのはわりかし気持ちがよくて、いつのまにか眠っていた。

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