16

数年ぶりの甲子園は綺麗な青空の下にあった。一目見れば夜行バスの疲れも関西独特のじめっとした暑さも吹っ飛んで、その迫力にただ圧倒されていた。テレビの前の世界がすぐそこにあった。いつか、観客席ではなくてグラウンドの土を踏める日がくるのだろうか。それがくるとしたら、あと2年もないんだ。さらに言うとオレたちの目標は「甲子園優勝」だから、その土を1回踏んだだけでは、終われない。今はがんばっているけれどいざ目の前にしてみると途方もない夢のような気がして、体が震えた。

「きたー!あ、写真写真」
「水谷撮りすぎじゃねー?お上りさんかよ!」
「深田に送るんだ!」
「まじか!じゃあオレ写ってやんよ!」
「田島はいいよおー」

それでも、球場をバックにピースサインをする田島は、なんだかとても絵になった。



▽▽▽



「《ほんとに甲子園だ!田島くんいい笑顔だね(笑)でも暑そう!熱中症には気をつけてね。》だって!なんて返す?」
「ここはかっこよく《来年は連れて行くよ》でしょ!」
「えーなんか彼氏っぽくない?かっこいいけど」
「平気平気!深田は冗談通じる奴だもん」
「や、やめなよ」

最後列に座っていると、携帯を開きながら話す水谷と田島が見下ろせた。さすがに画面の文字までは読み取れないけど、全部水谷が読み上げているから嫌でも耳に入ってくる。彼氏だとか深田だとか刺激的な単語が出てくれば、それからはもう反射だった。怪訝な顔をしてふたりが振り返る。血の気が引いた。

「あ、いやオレ深田と割と話すからさ、そーやってからかわれてんの、かわいそうかなーって……ほら同じクラスだし、あんまいい気持ちしないっていうか」

焦りで声が震えるも、表に出ないよう必死で言葉を紡ぎながらふと思う。オレは何様だ。彼女のためか自分のためかなんて、もう全然わからない。

「そか。ちょっと悪ノリしすぎかね」
「そーだなー。無難にオレの写真送っとけばいんじゃね?」
「全然無難じゃないよ!」

オレの不安は拍子抜けするくらいあっさりと流されてしまった。今のは田島に感謝すべきなのかな。田島って、何にも考えてなさそうに見えて実はすごく空気を読む奴だと思う。試合が終わり球場を出てからは、土産店を全員で覗いてみることになった。思い思いに物色するなか、考え込みながら店内をうろつく水谷が目に入った。

「……深田に?」
「そうなの!甲子園とか学校名とか入ってるのがいいよねえ。あっハンドタオルはどうかな」
「実用的だし、いいと思うよ」
「そっか!じゃあそうする!」
「おう」

水谷は、そのハンドタオルをひとつ手に取り、そばにあったクッキーやらまんじゅうの箱を山のように抱えてレジに向かった。あんなに買って、何人に配るつもりなんだ。ふと、水谷が応援団を集めるときに見かけた知り合い全員に声をかけた話を思い出す。あのときと違うのは、彼女の分だけ特別仕様だということだ。彼がいなくなったあと、たくさんの学校名が入ったそれを見つめる。……そう、目標だ。これから1年、このタオルに西浦の文字を刻むための、モチベーションにするんだ。それ以外の意味なんて、ない。

「あれ、栄口も買うの?」
「じっ、実用的だから、ね」

それからすぐバスに乗り、ホテルに着いたオレたちは部屋ごとに一度解散した。水谷と深田はその後もメールを続けているみたいだったけれど、代わり映えしないメールを送る意欲もなければ田島のように割り込む根性もなかった。同じ内容なら、絶対に水谷からきたほうが嬉しいもんな。せめて彼女の気持ちを知らなかったなら希望もあったのに、知っちゃった以上オレにできることは何もない。

「あーもう!水谷め!」

屋上ではなくベッドの上で叫んだ未成年の主張は、誰にも届かないまま消えるはずだった。が、運悪くバスルームから出てきた泉に聞かれてしまったようだ。なんとも形容しがたい沈黙がオレたちを覆った。

「……深田か」
「うっ」
「あいつらな、仲良いよな」
「……だよね」

泉には、もうばれてるんだ。そう思って否定はしなかった。泉がタオルで髪を撫でながらベッドに腰かけるから、つられるように体を起こす。泉は慰めるわけじゃないけど。と前置きしてから話し始めた。

「水谷がすきなのは篠岡だぞ」
「……え?」

衝撃に目を丸くするオレを見て、泉は息を抜くように笑った。オレのときと同じように、勘のいい泉は察してしまったそうだ。そういえば、合宿のときオレの企みを遮ったのは泉だった。あれは本当は水谷をかばってのことだったのかな。だけれどふたりを目の当たりにしているオレは、そんな簡単に納得なんてできない。

「お土産あげたりライブ行ったり、すきじゃない子にこんなする?!」
「まあ満更でもないんじゃない?好意持たれて嫌な奴はいないだろ」
「じゃあ水谷は一応篠岡がすきで、でも深田の好意をわかってて、あの態度なの?思わせぶりすぎでしょ……」
「ん、嬉しくないの」
「そりゃ、まあ……でもオレ本人から水谷すきって聞いたからさ」
「……なにやってんの……」
「おっしゃる通りで」

かなり贔屓目のオレでさえ、順調に見えたんだ。当の本人なんてもう空も飛べるような気持ちだろう。それが、ただの思わせぶりだなんて。もし昼間の「冗談」がこれを承知の上だとしたら悪趣味にも程がある、というのは考えすぎだろうか。無意識だとばかり思っていたけれど、確信犯なら話は違う。

「……言っといてなんだけどもう心変わりしてる可能性もあるし、あんまり思い詰めるなよ」
「わかってる」
「あんなに健気に想われたら、心動きそうだけどなー」
「ねえ、励ましたいの落としたいのどっち」
「悪い、楽しくて」

泉の軽口が、今はありがたかった。ひとりでいたら悶々と考え込んでいただろう。結局謎がより深まってしまったような気もするけれど、泉と話せたことは有意義だったと思った。

甲子園から戻れば、また学校での練習が始まる。差し入れを持ってきた深田と水谷の関係には寸分の変化もなく、そんなふたりを眺めるオレのポジションも何一つ変わらない。家用に買ってきたお菓子をひとつカバンの中に潜ませていたけれど、あの特別仕様のあとに渡す度胸はなく、帰り道に自分で食べた。

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