15

勝てばベスト8という試合で、西浦は負けた。オレたちの夏が終わった。会場の外に出れば応援団から報道陣まで、たくさんのひとに迎えてもらえた。無意識に探してしまう彼女はその集団の端にいた。目が合う。オレは引き寄せられるように、彼女のもとへ歩みを進めていた。

「……応援ありがとね」
「もっと、見てたかった」

目の前で頬を濡らす彼女を見ていると、なんだか鼻の奥がつーんとして、グラウンドに置いてきたはずの何かが危うく外にこぼれるところだった。ここで次は甲子園に連れてってやる!なんて言えたらキマるんだろうけれど、それはオレが言うべきセリフじゃない。また見に来てよと返すのが精一杯だった。

「あっ、あれ大丈夫だった?!満塁のときの」
「ああうん、もう平気だよ」
「みんな心配してたんだよ。絶対痛かったもん」

彼女の顔が不安げに曇る。今日のオレはエラーもあったし最後の打席は満塁で三振スリーアウトチェンジだし、決して褒められるものではなかった。でも、こうやって気にかけてもらえるのは嬉しい。みんなじゃなくたって、深田ひとりが心配してくれたならもう十分なんだ。

「あ、水谷」

彼女が気づく前に、近くを通りかかった彼を呼び止めた。彼女は間違いなく話しかけにいくはずだから、それならせめてオレの目の届くところでやってほしい。ただのオレのエゴだけれど「気の利く友人」も演じられる一石二鳥の策だった。へらりと笑う水谷にこみ上げるものでもあったのか、彼女は再び瞳を潤ませた。

「わわっ泣くなって!」
「だ、だって……」
「……次は甲子園行くから。見とけよ!」
「う、ん」

かっこいいなあ。こういうの、女の子好きそう。なんだかんだ言って、水谷は女子の扱いに慣れている。

「夏休み学校いるよね?」
「うん、ほぼ毎日練習あるから」
「わたしも調理部で行くんだけど、差し入れって迷惑かな……?」
「え、超嬉しい!大歓迎!なあ栄口」
「うん」
「ほんとに!なら持ってく!いついるの?」
「んーと、これスケジュール」
「合宿あるんだ!6日も!いいなあ、絶対楽しいね」
「西浦なんだけどね。あ、このときならずっといるし都合いいときに持ってきてもらえたら」
「あの裏にあるとこかあ!うーん、でも合宿に持ってくのは気が引けるよ」
「え、いいのに」
「ううん、わざわざ泊り込みでやってるのに部外者が入るのはよくないよ。食事のカロリーとか計算されてるかもしれないしさ。そのあとにしよう!」
「深田がいいならいいけど」

彼女も盲目そうに見えて、実はそれなりに考えている。こういうところを見ると、応援したくなっちゃうからどうしようもない。オレもつくづくいいヤツだ。

「でもほんと合宿うらやましいな。調理部でもしようかな」
「あはは、満漢全席でもやるつもり」

それいいかも!と返す彼女はただひたすらにしあわせそうだった。水谷は自然な流れでこの場を去り、オレと彼女だけが残された。

「ねえ、写真撮ろうよ」
「いいよ!」

割と決死の覚悟だったんだけれど、あっさり承諾されてしまった。全然、意識されてないって、ことか。まあそんなのはわかってたし、ツーショット撮れるならなんだっていいや。近くにカメラを頼めそうなひともいなかったから自撮りだ。左腕に彼女の体温を感じる。シャッターを切れば、衣装も少し赤い目もおそろいのオレたちが確かにそこにいた。

「水谷呼んでくれてありがとう」

おこぼれの笑顔をもらえれば、満足だ。



▽▽▽



その言葉通り、合宿が終わり何日か経ったころ、西浦のグラウンドにおおきな紙袋を下げた彼女がやってきた。ちょうど休憩中だったオレたちはその香ばしい匂いにつられて視線を向ける。監督と話す姿を見ながら、次の言葉を今か今かと待っていた。

「深雪ちゃんが差し入れ持ってきてくれたよー!」
「なになに!」
「ベーコンパン、焼いてみた……」
「おおっ!うまそう!」

手渡されたそれはまだ熱くて、十人並みの言葉しか出てこないけれど、最高においしかった。夏休みは朝から晩まで家庭科室が使えるから、放課後の部活じゃ間に合わないような時間のかかるものを作っているらしい。

「何か感想もらえたら嬉しいな。次作るときの参考にするから」
「えっこれ普通にうまいし!」
「買ってきたって言われても気づかないよ、なあ西広」
「うん、おいひいー」
「深田さん、す、すごい」

全く役に立たないだろう感想を聞きながら、彼女は困ったように笑っていた。こんな奥さんなら旦那はしあわせだな、なんて泉が呟くからつい反応してしまう。深い意味はないよ、オレだってないよ!なんて言っているうちに水谷が彼女に話しかけていた。不覚でしかない。

「あのね、オレら甲子園行くの!さっき決まった!」
「えっ!みんなで?」
「そう!夜行バスだよー」
「遠足みたい!いいなあ、いっぱい写真撮ってきてね!」
「おー!お土産も買ってくるよ。何がいい?」
「本当?じゃあ、甲子園でしか買えないのがいいな」
「わかった。探してくんよ!」
「ありがとう!あ、お金渡すね」
「いいよ、今日のパンのお礼」

楽しげに話すふたりを為す術もなく眺めていた。できることなら、その役目はオレにさせてほしかったな。中学のときから気になっていて、やっと仲良くなったと思ったらまさかの伏兵にかっさらわれてしまった。グラウンドの外でまで、セカンドやりたくなかった。黙り込むオレを横目に、泉はそれ以上何も言ってこなかった。

「深田!明日の10時、よろしくね!」
「うん!わかったらメールする!」

去り際の水谷との会話が気になって、さりげなく聞いてみた。野球部はその時間練習のはずだ。すると、前に約束していた赤シャツ隊のライブのチケットが明日の10時発売で、水谷は練習があるから彼女にお願いしているということだった。

おかげで翌日の昼休みは、メールを読むなり浮かれて電話までする水谷を見るはめになってしまった。はたからみると順調そのものにしか見えなくて、オレはひとりすねていた。合宿中、夜のテンションで水谷から好きなひとを聞き出そうと思ったけど叶わなかった。深田なのかな。部員全員がよく知るひとだから、周りに知れたらちょっと気まずいもんな。そう考えると辻褄が合うような気がして、またすねた。

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