12
球技大会1日目は無事終了し、2日目が始まった。忘れないうちにと思い友井さんと小川さんを探してその旨を伝えると、とても喜んでくれた。3回戦は平日だから出番は早くても4回戦。でも3回戦の結果を待っていたら間に合わないということで、早速今日の放課後から準備に入ることになった。アドレスを交換して一旦別れたわたしは、球技大会の雰囲気に溶けていった。そしていよいよわたしの初陣がやってきた。相手は3年生で、それだけで身が引き締まる思いだ。
「緊張してる?」
「栄口……わたし運動音痴だから、目標『敵と味方を間違えない』とかそういうレベルだから」
「あはは、それなら巣山に励ましてもらうといいよ!オレそれで最後の打席打てたし」
「あっ試合のあと言ってたね!ぜひお願いしたい!」
巣山くんに「できっぞ!」と言ってもらったわたしはなんだか調子付いて、チームの足を引っ張らないくらいの活躍はできたと思う。クラスのみんなからも褒めてもらえて少し浮かれていた。この油断がいけなかったんだろう。ゴール付近の集団から少し離れのんびりしていたわたしに、勢いよくボールが飛んできた。何かを考える間も無く顔面でそれをキャッチしたわたしは、その勢いのまま倒れこんだ。
誰かの謝る声や、心配する声が聞こえる。意識ははっきりしてるけれど、立ち上がる力が出ないのだ。そんなぼやけた世界を見慣れた薄茶色が覆い尽くした。
「救護所行くよ」
「さ……かえぐち?」
「歩ける?……無理そうだね、おぶってく」
「ええっ……!いいよ、平気」
「嘘言わないの」
「も、もしわたしをおぶったことで腰とか痛めたら」
「そんなに頼りないかよ」
「……いえ」
返す言葉を無くしたわたしを、栄口は黙っておぶってくれた。救護所はそんなに遠くはないはずだけれど、わたしにとってはとても長い時間のように感じられた。あのとき借りたジャージと同じ匂いがわたしを包んで、なんだか懐かしくなる。救護所に着くとすぐ横になって顔を冷やすように言われ、わたしの代わりに名簿の記入だとか先生の話を聞いてくれる栄口が、ただかっこよく見えた。
「……ご、ごめんね」
「怪我人が余計な気回さないの」
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「栄口はこれから何かないの?」
「男子サッカーがあるよ。でも午後開始だし心配だからいれるだけいる」
それから彼は無言になった。きっとわたしを気遣ってくれたんだろう。イベント独特の喧騒のなかで、ふたりだけどこか遠いところにいるような気分だった。穏やかな風と心地の良い沈黙に誘われて、うとうとし始めたわたしの意識を現実に戻したのは、かの諸悪の根源だった。
「あれっ深田?!どーしたの?!」
「ちょっとボール当たっちゃって」
「顔かー痛かったよなあ。ちゃんと手当てすんだよ」
「ありがとう。あ、女子サッカーの結果わかる?」
「あー1年はみんな負けちゃった」
「そっか……」
「まあ、午後は男子がその敵打ってやるからな!」
「ほんと!応援する!」
「1回戦、1の1対1の7だけど」
「あ」
ずっと黙っていた栄口の一言目は、宣戦布告だった。応援すると言ってしまったわたしは若干気まずく、助けを求めるように水谷の言葉を待っていた。
「そーだった。なら自分のクラス応援しなきゃね」
「う、うん……でも個人的には水谷のこと応援してるから」
「サンキュー。じゃ、お大事にな」
彼は軽く手を振って去って行った。気なんかないくせにこういうことをしてくるところは、やっぱりきらいだ。どうしようもなくきらいだった。
夕焼けが綺麗に染まる頃には痛みもすっかり引いた。うちのクラスの結果は優勝でもなければびりでもない、いまいち盛り上がりにかける成績だった。わたしは約束通り友井さんと小川さんと合流し、早速衣装を買いに行くことになった。ふたりの所属するダンス部はチアはやらないから、必要なものは全て作るしかないそうだ。
「白のタンクトップにアイロンプリントで文字入れようか」
「いいね!赤ないかな」
「え、応援するときはこれ1枚……?薄くない?」
「下にキャミ着るし平気でしょ!」
「そうかなあ……スカートも短っ!」
「チアなんてこんなもんだよ」
「えええ」
試着してみるとこんなに肌を出すのは中学のプール授業以来なんじゃないかと思うくらいの出来栄えだ。これで人前に出るのか。しかも衣装映えする友井さんとスタイル抜群の小川さんの横に並ぶなんて、正直勘弁してほしい。3回戦、崎玉高校との試合に勝利したと聞いたのはすぐのことで、わたしの大一番がいよいよ現実的になってきた。今にも消えてしまいそうなモチベーションをぎりぎりでつないでいるのは、あの無責任な言葉だ。わたしはあいつの右中間スリーベースのために、やってやる。のだ。
「深雪ちゃんて好きなひといる?」
「えっ?!」
「もしかしてもしかすると野球部?」
「うっ」
「あーもうこれ確定ー。美亜、取り調べちゃう?」
「ちゃうかー!」
ふたりの尋問にわたしは為す術もないまま白旗を振るしかなく、その名前を告げた。すんなりと出てきた4文字の響きは、その事実を再認識させるようだった。
「もーめっちゃ協力する!わたしら同じクラスだし!」
「そうだよ!チアやることは言ったの?」
「ううん、恥ずかしいから……」
「サプライズかー、絶対びっくりするね!」
「あーなんか気合入ったよ!それならびしばし指導しなきゃ!」
「おっお手柔らかにお願いします……」
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