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西浦野球部の初戦とは一転して、今日は球技大会日和と言わざるを得ないほどの鮮やかな晴天に恵まれた。桐青に勝利明けの野球部は一躍有名人になり、学年問わずどこに行っても話しかけられていた。我らが7番も例外ではなく、綺麗な先輩に話しかけられて締まりのない顔をしているのを階段で目撃した。仕方がないから引き返し別のルートで教室に行った。
「栄口ー」
「あ、おはよう」
「……水谷がちゃらついてる」
「え?どういう意味?」
「綺麗なお姉さんに話しかけられてて!水谷のくせに!」
まるで酔っぱらいのように絡むわたしは朝の爽やかな教室には余りにも不適切だと察知し、それ以上は自粛した。空気の読める女、深田深雪。
「あ、ジャージ洗濯してきたよ。ありがとうね」
「いえいえ。風邪ひいてない?」
「うん!」
彼の名前の入ったジャージから、わたしの家の洗剤の匂いがする。なんだか家族になったような気分だ。彼はそれを羽織ると腕をまくった。わたしが着たときはあんなに丈が余ったのになあと、お気楽なことを考えていた。
「深田は今日何に出るの?」
「本日は応援に徹します!明日は女子サッカーに出るよ!」
「そっか、オレも応援組だから一緒見てようよ」
「そうだね!」
開会式が終わると、生徒たちは自分の持ち場へと散らばっていく。わたしは出番がない同じ境遇のクラスメイトたちと適当に体育館をうろついていた。すでにコートには第一試合に出る選手が集まっており、やけに背の高い子がいるなあと思ったら、めぐだった。
「めぐー!バスケなんだ!」
「そうだよ!まあ、負ける気はしないね?」
「こわいこわい。あいつ本気だよ」
「まあ、うちとは決勝まで当たんないから……!」
トーナメントのくじを引いたであろう学級委員に感謝しつつ、1組の試合はすぐには無かったから、栄口と一緒に7組の試合を見ることにした。コートのそばには7組の応援団がおり、無意識に探してしまうあいつは、真ん中で子供のようにはしゃいでいた。
「栄口と深田じゃん!なになに、応援してくれんの?」
「めぐ出てるから見にきたのー」
「うぉっスリーポイント……!目黒すげえな!花井もそう思うだろ?」
「オレに振んなよ」
花井くんはどうしたのか少しうつむく。シュートを決めた彼女がわたしたちに気付き、手を振ってきた。彼女の視線が逸れると花井君は顔をあげ、口パクでが・ん・ば・れと呟いていたのを偶然にも見てしまった。隣の水谷は小声で、オレあいつらくっつけたいの、花井はシャイボーイだから。と教えてくれた。なるほど、言われてみれば長身同士お似合いかもしれない。ほんと、他人のことになると水谷は敏感なのになあ。わたしの思いが伝わっている気配はよくも悪くも一切ない。今だって、肩と肩が触れ合うくらいの距離でこっちはひたすら緊張してるというのに、のんきに花井くんのことばっかり気にかけて、ちょっぴり腹が立つ。
「勝ったー!イェーイ!」
……油断して、敵なのにハイタッチしてしまった。そういうところも腹が立つ。むかつく。すきだ。そのあとは応援が重なったりして、栄口とも別行動になっていた。水道で水を飲んでふらふらしていたら、ふたりの女の子から声をかけられた。
「あの……深田さんだよね?」
「はい……?」
「一緒にチアやんない?」
そのことばはあまりにも唐突で、チアというのはわたしが思い浮かべたものではない新しい何かかと思ったくらいだった。しかしよく話を聞いてみると、どうやら合っていたようだ。
「わたしらダンス部1年の友井紋乃と」
「小川美亜なんだけど、野球部の応援でチアやろうと思ってて」
「千代に、深田さん野球部に知り合い多いって聞いて」
「そんなに難しい動きとか無いからさ」
「一緒にチアやろ!」
まるで台本を読んでいるのかと思うくらいポンポンと出てくるセリフに、思わず後ずさってしまった。
「と……とりあえず考えさせてください」
「じゃあ明日返事聞かせて!もう振りとか衣装とか準備しちゃうから」
「良い返事待ってるね!」
ふたりは嵐のように去っていった。チアと聞いてまず思い浮かぶのは、ポニーテールと、短いプリーツスカート。人前であれを着るのかと思うと、どうしてもためらってしまう。でも、興味がないといったら嘘になる。自問自答を繰り返すわたしの前に、諸悪の根源が現れた。
「お!おつかれー」
「おつかれ……ねえ水谷」
「んー?」
「応援団にチアいたら嬉しい?」
「え、やんの?」
「ちがくて!いる学校もあるから、部員的にはどうなのかなーって、それだけ」
「そりゃいたら嬉しいよ!」
「……ほんと?やる気出る?」
「出る出る!セカンドゴロから右中間スリーベースくらいには!」
「そこはホームランって言ってよ」
もはや選択肢などなかった。
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