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西浦高校野球部の初戦だというのに、天気はいまひとつだった。集合場所にはもう学ラン姿の浜田さんたちがいて、曇り空とコンクリートによる灰色しかない風景に花を添えていた。

「え、深雪セーラー?もっと涼しいの着てくればよかったのに」
「高校野球を制服で応援するのが夢だったのー」
「雨降るかもしれないのに濡れたらどうすんの……お母さん大変だよ」
「自分でやりますー!」

水谷に、メールはしなかった。わたしの言いたいことは直接言った言葉に収まっていたし、また同じようなことを伝えてもくどいと思った。きっと彼のことだ。女の子からたくさんメールはきてるだろうし、その中の一通になるのも癪だった。

ボール回しの時間になり、グラウンドにはわたしたちの期待を背負った背中が散らばった。背番号と名前が一致するくらいの勉強はしてきた。それを復唱しながらわたしはただただ今日の勝利を祈るばかりだった。

どんよりとした空にサイレンが鳴り響いた。



▽▽▽



まるで白昼夢のような試合だった。地面を踏むたびにローファーはウェットな音を鳴らし、セーラー服はすでに飽和状態でただ雨水を下へと運んだ。階段を降りると雨の当たらない場所で座り込む野球部がいた。思い思いにみんなが声をかけるなか、わたしは、世界で一番かっこよかったあいつのもとへ走るのだ。

「みず、たに」
「……深田」
「髪の毛拭いたげる」

滴が流れ落ちる先には、くたくたになった背番号があった。あの場面を任されて、この背中にはわたしには想像できないくらいの期待やプレッシャーが乗っていたんだろう。わたしはバックからまだ使っていないタオルを出して、彼の髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。

「深田のほう濡れたでしょ……」
「いい、の。水谷が風邪ひくよりはずっとまし」
「……んなわけあるか。ばか。貸して」

水谷は振り返るとわたしに座るよう促して、タオルを奪い取る。半ば抱きすくめられるような格好で髪の毛をかき回される。力任せではないその感触に、心臓までむずがゆくなる気分だ。適度な疲労感と心地よい刺激で、あろうことかぼうっとしてくる。気を抜けばその胸にもたれてしまうくらいの意識を戻したのは、毎日隣から聞こえていた声だった。

「ちょ、深田!びしょ濡れじゃん!」

彼には似合わない、切羽詰まったような声にすぐ振り向いた。しかし彼は自分のかばんを引っ掻き回し、何かを探しているようだった。

「栄口もおつかれさま!」
「これ着て!」
「え、ジャージ……?ダメだよ濡れちゃう」
「……透けてんだよ」
「……あ、あ、あ」
「だーかーら、着て!濡れていいから!」

彼が店員さんのように袖を持つものだから、わたしもそのまま腕を通した。視線を下に移してみても、中のキャミソールの色がわかるくらいで、慌ててジッパーを上まであげる。ほのかに香る洗剤の匂いはいつもと同じだった。

「……ありがとう」
「……ん」
「わたしこれ着たら栄口は大丈夫なの?試合あるんだから風邪ひかないでね」
「そんなこと言ったら深田だって同じじゃん」
「え」
「……また応援してくれる?」

彼の顔に浮かぶ不安を吹き飛ばしたくて、とびっきりの笑顔で頷いた。髪についた水滴が飛んだかもしれない。気がつくと水谷は誰かに連れ去られたようで、かばんだけが残されていた。

「……一番に言えてよかったね」
「うん。今日はほんとにかっこよかった。ずるいや」
「おいしいとこ持ってったよなあ」
「栄口もかっこよかったよ!最後の打席、巣山くんに何言われたの?」
「できっぞ、って」
「わたしもいつか言ってもらおう!」

確かに巣山くんに頼もしく言ってもらえたら、何だってできそうな気がする。ぜひとも化学のテストの前にお願いしよう。監督さんの掛け声を合図に野球部が集合した。話を聞けば学校に戻ってまた練習するそうだ。勝利の余韻に浸る時間もないのか。雨に浸った髪の毛は、戻り始めた日差しの下少しずつ乾いてきている。彼のジャージは一回り大きく、その分中に空間ができて、心地よかった。

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