09

「水谷さあ、深田に見に来てって言ったの?」

開会式が終わりオレたちはそのまま学校に戻った。たくさんの高校球児でごった返すグラウンドは、汗と熱気とおおきな期待でいっぱいだった。そんな始まりを告げるような空気感も、去年優勝した桐青を始めとする名の知れた強豪校のユニフォームも、遠い昔のことのように思え、今はもうひとつの風景として過ぎ去っていた。ピントが合っているのは、目の前の帽子からのぞく栗色の襟足だけだった。その顔を真正面から見る勇気が無かった。後ろから話しかければさっと振り向いて、いつもの調子で会話が成立した。

「え、言ったかもしんないけど……それがどうかした?」
「かもしんないって」
「浜田が応援団集めてたからオレも協力しようと思って、見かけた知り合い全員に声掛けたよ」
「……そうなんだ」

水谷にとっては、深田は見かけた知り合いのなかのひとりだったんだ。オレが言おう言おうって思ってたことをあっさり言っちゃって、嬉しそうにはしゃぐ彼女の気持ちも知らないで、なんで、とやりきれない気持ちが募る。

「ライブにも誘ってたよね」
「そうそう赤シャツがツアーやるんだよ!語れるの深田しかいないからさ、楽しみだわー」
「……理由はそれだけなの」
「え、うん」

きょとんとたたずむ水谷がとてもじゃないけど許せなかった。もしオレが水谷が彼女に言う前に会っていたら。もしオレが赤シャツを知っていたら。両方とも全然難しくないことが余計に苛立ちを大きくさせた。

花井の集合をかける声で我に返った。気がつかないうちに爪が手のひらにくいこんで赤い跡を残していた。去年の優勝校、そして初戦の相手である桐青は、吹奏楽部の演奏と共に、先頭をきって歩き出していった。いきなり貫禄見せつけられたけど、黙って引き下がるような練習はしていない。泣いても笑っても、オレたちの一瞬の夏が始まった。

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テーマ「人外ファンタジー」
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