薄く遠くなっていく意識の中で感じていたのは、ぴりぴりと熱を帯びていく背中の傷と冷たく硬いアスファルトの感触だけだった。なんかわたし死にそうね、と思ったけれど、噂に聞いていた走馬灯のようなものは一切駆け巡らないし、愛しい人の 顔なんかも浮かぶことはなかった。



遠く向こうから声が聞こえた。
うっすらと覚めていく意識に、世界のいろいろなことが鮮明になってゆく。体を揺さぶられて、思い出したみたいに背中に激痛が走った。体に触れたその温度は懐かしい感じがして、薄く目を開ける。視界を遮るのは、慣れ親しんだ黒色だった。

「名字!」

必死にわたしの名前を呼ぶ声には聞き覚えがあった。視線を上げてその顔を確認すれば、珍しく焦った表情の沖田さんがいた。罪悪感と優越感が心に滲む。聞き覚え、どころじゃないなあと内心笑った。

「お、きたさん、すみませ、ん」
「生きてんなら、それで良い。喋んな」

そう言った沖田さんは無線の向こうに何かを報告して、後から来た隊士たちに指示を出した、みたいだった。再び遠くなってゆく意識の中で、沖田さんの腕の温かな体温はわたしの皮膚に伝わって、彼の清潔で、けれど微かに血のそれも混じった匂いはわたしの鼻を通って脳を刺激した。

さっきまで、沖田さんのことなんかこれっぽっちも頭の中になかったんだけどな。思い出すことなどできなかったのに。なのに、目尻からこぼれて頬を流れるこのぬるい水滴は何なのだろう。わたしはまだ生きていて、これからもこの人の傍にいられる。沖田さんはわたしを抱きしめてくれているし、わたしの想いは消えないで沖田さんにちゃんと伝えられる。それを理解した瞬間、体中に血液が巡り始めた気がした。


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テーマ「人外ファンタジー」
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