夜のコンビニのぬるま湯みたいな雰囲気にぼんやりしながら、ペットボトルが並ぶ棚を眺めてどうしようかなあと呑気に悩む。ミルクティーにするか、レモンティーにするか。正直なところ、どちらだって良いし、どちらにしたって机の上に放り出してきた宿題は捗らないことが目に見えている。要は何を買うか迷うことを理由に、机に向かう時間を少しでも減らしたいだけだった。



「名字さん?」

唐突に背後から聞こえた自分を呼ぶ声に驚いて、へ?と気の抜けた返事をしてしまった。振り返った先では同じクラスの栄口くんが「ああ、やっぱり」と人当たりの良い顔で笑っていた。部活帰りらしく、制服姿でエナメルバッグを背負っている。左手にはコーラ。なんとなく似合わないなあと、いささか失礼なことを考える。

「う、わぁ、奇遇だね?」

当たり障りのないことを言おうとしたら、なんだか不自然な言葉が口から滑り落ちた。実際気のせいではなかったらしく、栄口くんの顔が笑いを堪えて少しひくりとなったのがわかった。

「うん、奇遇だね。名字さんて家この辺だったんだ?」
「えーと、1丁目のパン屋さん曲がった先なんだ」
「じゃあ結構ご近所さんだね。あれ、でも小学校同じだった?」
「中学生の時に引越したから小学校はこの辺じゃないんだ。栄口くんもこのあたりに住んでるんだね」

そう返すと、栄口くんはにっこり笑ってうなずき返したあと、丁寧に説明をしてくれる。その甲斐あって、道を覚えるのが苦手なわたしも「ああ、あの辺か」と納得することが出来た。

話しながらなんとなく、栄口くんがわたしを待ってくれているのがわかって、急いで決断を下す。勝者、ミルクティー。それに加えて、レジに並ぶ前にミルクチョコレートを手に取った。


他愛もない会話をしながらコンビニを出て、そのまま成り行きで、街灯が照らす道を二人並んで歩く。同じクラスのおかげもあって会話は途切れなかった。栄口くんのまとう雰囲気は、とてもやわらかい。わたしの気持ちもなんとなく優しくなって、ゆっくり、リズムよく歩く。時々吹く五月の夜風は、なめらかな心地で肌を撫ぜた。

「パン屋ってあれ?」

栄口くんが指差した先に目を向けて、家がもうすぐそこまで近付いていることに気がついた。

「うん。でもびっくりした、ほんと」
「俺も。同じクラスでこんな近くに住んでる人いるなんてね」

栄口くんがそう言ったきり、会話が途切れてしまう。
ちょうど赤に変わってしまった信号に立ち止まる。極端に長いその信号が再び青に変わるのを待ちながら、その沈黙に気まずさを覚えた。けれど少し離れた隣にある気配に、温かい色の気持ちがわき上がってくるのを感じて不思議と気分は悪くない。「なにか」がじわりじわりとわたしの心を支配してゆくのを感じた。その正体を知りたくて、栄口くんの横顔を盗み見る。ぼうっと宙を見上げる表情とそのやわらかい鼻筋のシルエットに、つい見惚れそうになる。じわり、じわり。指先の温度でチョコレートがゆっくりと溶けていく感触に似ている。

ようやく青になった信号を合図に横断歩道を渡る。コンビニでの話からすると、ここが分かれ道だ。栄口くんの方を見ると、向こうも同じことを考えていたようで、視線が交わる。

「じゃあ」

なんと言って立ち去ったらいいものかわからずに、中途半端に放ってしまった言葉を、栄口くんはきちんとやさしく拾ってくれる。

「うん、また明日」

そう言って笑って手を挙げたその姿に、「おやすみ」と続いたその声に、胸のあたりが熱く、苦しくなるのを感じた。もしかしてこれは、なんて、ほとんど確信であるその予感を胸に、わたしも「また明日」と手を振る。おやすみ、はなんだか照れくさくて返せなかった。

家に帰って自分の部屋に戻り、再び宿題に手をつけてみる。だけどやっぱり捗るわけもなく、頭の中に浮かんでいるのは、栄口くんのことばかりだ。
「おやすみ」というその一言が、ずっと耳の奥で鳴っている気がした。真っ白いノートの上にぼたり、と何かが落ちてはっとする。指先に持っていたはずのチョコレートがいつの間にか溶けてすべり落ちたようだった。はあ、と大きくため息を吐いて、指先を口元に持っていく。溶けたチョコレートの甘さが、なんだか苦しい。もしかしなくても、これはきっと、恋というものだ。

<070317→131107>大幅に加筆修正

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